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2016年3月29日火曜日

京都グリーフケア協会訪問

先週、京都でとある会に参加し「遺族としての体験とグリーフケアの必要性」
について話す機会をいただきました。

奇しくもその日は息子の誕生日。
「遺族としての体験」をテーマに語ることは私にとってはじめての経験。
この日にこのテーマで話すことになるとは、因縁を感じられずにはいられませんでした。

会場は「京都グリーフケア協会」のすぐ近く。
こちらの協会は「グリーフケアスクールの実施」が主な事業。
手元供養商品のギャラリーと図書館を併設しており、
日本では数少ないグリーフケアの常設施設です。


グリーフケア関連書籍が集まっている図書館に以前から興味がありましたが、
「自分がケアを施す側に回れるほどの強さはまだない」と自覚してる私にとって
こちらは少々敷居の高い施設。

でも今回はお導きのようにすぐ近くに泊まる機会があり、
会の主催者の方に「京都グリーフケア協会さんを覗いていたら
どうぞどうぞと気軽に招き入れてくれましたよ」と教えていただいたこともあり、
会の翌日に訪問してみました。


場所はすぐに分かりました。
七条の駅から少し入った、落ち着いた雰囲気の町並み。
その中でひときわ鮮やかなオレンジ色の暖簾が目印でした。


敷地に足を踏み入れてみましたが、人の気配がありません。
しかし玄関は大きく開け放たれていたので、ご挨拶して上がり込みました。

入って左手が手元供養のギャラリー。
右側から人の声がしたので導かれるように階段を登ってみると
そこが図書室で、ようやく事務の方とお会いすることができました。

名刺交換をし「私は遺族の立場で、グリーフケアが少しでも広まるといいなと思って
モダンなお線香やロウソクを輸入し、"グリーフケアギフト"と名付けてネットショップで売っています」
と自己紹介。
すると「僕、このお店知ってます。ネットで見ました」と思わぬお返事をいただきました。

日本を代表するグリーフケア関連協会の方が、私の碧香堂のことをご存じだなんて、
ちょっとしたプレゼントをもらった気分でした。


図書室には、遺族としての体験談(子供を亡くした方・配偶者を亡くした方・自死遺族の方・犯罪被害者の方など)、看護関係の書籍・心理カウンセリング系の書籍・文学系の書籍
がぎっしり並んでおり、ソファーにすわってゆったりと目を通すことができました。



「自分がケアを施す側に回れるほどの強さはまだない」と感じながら、
「そんな自分にもできそうだ」と考えたのが、私の碧香堂の「グリーフケアギフト」事業です。


ギフトならば、必ず遺族の手元に届けられるます。

ギフトを受け取った遺族にもし少しだけ余裕があれば
「このちょっと気の効いたお線香とろうそくはどこの物なのかしら」と箱を調べる。
そこには「グリーフケアギフトの碧香堂」と書いてある。

「グリーフケアギフトって何かしら?」と調べると、
サイトに行き着き「遺族仲間が始めた事業だ」と知ることができる。

そして「グリーフケア」の存在を知ってもらい、「自分はケアされるべき存在なのだ」と思ってもらう。
そうすれば少しだけ心が癒される。

そんなことを夢見て私はこの事業をはじめました。


ネットだけで細々と展開していた事業ですが、
昨年後半から、徐々に認識が広まっていることを感じられるようになりました。

同時に課題も明確になってきて、「私一人でやり遂げられるのだろうか」
と不安を感じることも増えました。

しかし今回京都を訪れたことで、
「グリーフケアギフト事業は世の中に必要とされている」と手ごたえを感じられることができました。


息子を亡くした後、何度か一人で訪れた京都。
そんな京都で今までになく前向きになった自分を認識できたのは収穫です。


桜がほころびはじめた平日の京都にはやさしく穏やかな雰囲気が漂っていました。

私は「課題は一つ一つ確実に解決していくしかない。
あのどん底から這い上がったことと比べれば何でもないことだ。」
と自分に言い聞かせながら帰路につきました。



2016年2月11日木曜日

東京ギフトショー 2016春

去る2016/2/5、東京ギフトショーに行ってまいりました。

お取引先にご挨拶し、競合他社(?)の動向をチェックし、
グリーフケアギフトになるような商品がないか探すのが目的です。

名古屋から上京しての参加なので、滞在時間は限られ、
広大な会場を早足で歩きまわることになるのですが、
時には思わぬ出会いに恵まれます。

今回、つい足を止めて見入ってしまったのが、有限会社第一創芸様のブースにあった「スタイルふくさ」。

「ふくさもドレスアップしましょう」がキャッチコピーで、
ビビットな水玉やレースでいろどられた様々なふくさが展示されていました。

幸運なことにデザイナーの方がいらっしゃり、お話させていただくことができました。

私も「新しい形の喪のギフトを提案しているんです。
でも、時々"本当にこんなものを贈ってもよいのでしょうか"という声をいただいて…」
と話しかけると

「ああ、ふくさは自分で持つものですが、贈り物は難しいかもしれませんね。
でも私、こういうものも変わっていく時代だと思うんですよ。
タブーのある世界だからこそ、やったもの勝ち、提案したものの勝ちだと思うんです」
とお返事が。

短い時間でしたが、「同じことを考え、形にされている方がいる」と勇気をいただくことができました。


あの大きな会場では、こんな風に大小さまざまなドラマが生まれているのでしょう。
「碧香堂もいつか出展する側にまわりたい」と思った出来事でした。

2015年10月16日金曜日

グリーフケアギフトとは

新商品開発やチラシの作成を通じて、改めて「グリーフケアギフトとは何か」を考える機会が増えてきました。

今までホームページ(碧香堂ショップサイト)では
贈ること・受け取ることでグリーフケアが可能なギフト。
と定義していましたが、もう一歩具体的にしたい。

そこで考えたのが
・故人の個性を尊重した選択ができること
  ~画一的な品でなく、色や形の選択肢(バリエーション)があること
・遺族の心のケアを意識した言葉を添えられること
  ~メッセージカードや手紙を添えられること
の2点の定義です。

2点目の「遺族の心のケアを意識した言葉」はもう少し分解が必要です。

それってどんな言葉だろう?と考える際に参考になるのが、
「これまで調査してきた欧米でのシンパシーカードの文言」であり
「グリーフケアの精神に乗っ取った言葉」
になると思います。

グリーフケア関連の文献を読んでいて目につくのは「遺族にこんな言葉をかけるのはやめましょう」
という禁止や否定の言葉の羅列。
「ではどんな言葉をかければよいのか?」にふれた文献は少ないです。

また、グリーフケアギフト事業を続けていると
「友人・知人が悲劇的な死別をして励ましたいのだが、どうしてよいのか分からない」
といった喪の体験について相談を受ける機会が多く、
ネット上の質問サイト等を見ていても「遺族に何か言葉を掛けたいけれどどんな言葉をかければよいのか分からない」
という悩みは多く存在するようです。

しかし碧香堂のメッセージ添付サービスをご利用いただくお客様の中には
感動的なオリジナル文章を作成されている方が多数いらっしゃいます。
「自分が死別直後にこんな言葉をかけられたらとてもうれしかったであろう」という文面の数々。
そんなお客様にヒントをいただきながら、碧香堂は「どんな言葉をかければよいのか?」を
追及してゆきたいと考えています。

遺族としての気持ちや感情を説明するだけでなく、論理的・体系的にまとめる。
もしくは、誰もが「こんな文章がよい」と納得する説得力のある例文を提示する。

正解のない難しい道ではありますが、「難しい問題ですよね」で片づけず、
よりよい方法を提案できるようになりたいと思います。

ご意見・ご感想などありましたら碧香堂の問合せフォームからお気軽にお寄せください。
皆様の貴重なご意見を参考にさせていただきます。



写真は、今までに収集してきたシンパシーカードの一部。
左からイギリス・アメリカ・フランスのものです。

2015年9月22日火曜日

ハワイのシンパシーカード-売り場編

家族の長期休暇に付き合って、ハワイに行ってまいりました。

創業準備を始めて以来、海外旅行=仕入旅行だった私。
4年ぶりの純粋な旅行です。

家族の手前、「旅行中はお仕事しません!」と宣言したものの、ショッピングの合間を縫ってシンパシーカードをチェック。
3エリア5店舗の売り場でシンパシーカードの調査をすることができました。

ハロウィン前のシーズンということもあって、通常とは少し異なる構成なのかもしれませんが、
アトランタと比べてハワイでは
・鮮やかな色合いのカードが多い(ハワイのカード会社のものは特に)
・文言がややダイレクトな傾向
・シンパシーと同等以上に「Take Care」のカードが多い
のように感じました。

今回は、まずカード売り場の様子を紹介していきます。

■アラモアナセンター付近
1)アラモアナセンター内のカードショップ

観光客向けのお店なのか、シンパシーカードの取り扱いは少な目。これだけでした。


2)アラモアナセンター近くのウォルグリーン(walgreens)
1Fはデリや食料品・お土産品。2Fには化粧品やハロウィングッズなどがあり、大きなカード売り場がありました。
客層は観光客と地元の人が1:1くらい。


シンパシーカードはごく普通の1割弱程度の広さ。


3)同じくアラモアナセンター近くのウォルマート(Walmart)
ウォルグリーンよりローカル度が高まります。巨大なカード売り場が。


お誕生日カードは相手別(父・母・祖父・祖母・姉妹・兄弟)、年齢別と多種多様。
シンパシーカードは宗教・非宗教・サポート・あなたを想うなどの種類があります。


アメリカの子供を亡くした母親が「近年まで子供の死は忌むべき存在でなかったものにされてきました。
子供を亡くした方用のシンパシーカードが登場したのはごく最近のことです」と書いていたのを思い出しました。


■カハラモール
4)カードショップ
カハラ地区は高級住宅街と言われていて、少し高級感のあるショッピングモールです。
アラモアナショッピングセンターのカードショップよりは小さいお店なのですが、シンパシーカードの比率は高めでした。
オシャレな店内に、アトランタのアメリカズマーケットで遭遇して「うひゃぁ」と思った漢字カードが。

それ以外はハイセンスなカードが並んでいました。


■ワイキキ・クヒオ通り
5)フードパントリー
オアフ島の中心地・ワイキキにある庶民的なスーパーマーケット。

他のお店と比べてポップでコミカルな柄が目立ちました。
お見舞いのカードの中にはこんなものも(この写真をとっていたら、地元のお兄さんに笑われました)。
シンパシーカードの比率は高め。6枚セットのものもありました。
他のカードと違って落ち着いた色合いが中心です。

以上、ハワイのグリーティングカード売り場とシンパシーカードの取扱い状況でした。
次回はカードの内容についてレポートします。

2015年7月16日木曜日

思い入れのある場所

先月末、自宅兼事務所を移転しました。

私にとって旧居は、結婚生活のほとんどを過ごし、息子と住んだ唯一の家。
もっと感傷的になってしまうかと危惧したのですが、幸か不幸か公私ともに多忙を極めたため、それどころではありませんでした。

怒涛のような引っ越しが終わり最後の掃除を済ませた後、様々な事情がかさなり
一人っきりで空っぽの家にぽつんと滞在することになりました。

一通り部屋を見て回った後、私の足が自然に向かったのはキッチン。

夕刻の台所に佇んでいると、様々な日々が思い出されてきました。

つわりと戦いながら職場から帰った後に必死で料理した日々。
新生児育児の合間に曲芸のように昼食をつくった日々。
私が料理をするのをベビーチェアに座りながら満足げに眺めていた息子。
離乳食に悩み食べてくれなかった食器を洗いながらため息をついた日々。
入院が決まった夜に不安になりながらも、いつもより手間をかけて夕食をつくったあの日。
半年ぶりに一時帰宅したものの、料理をする暇がなくお湯を沸かしてお茶だけ淹れた日。
退院後、食事の後片付けをする夫を三脚にのぼって見るのが好きだった息子。
容体が急変し病院を死亡退院したものの現実が理解できず息子の分も盛り付けてしまったあの日。
食欲をなくした夫に何か食べさせなければと義務感で台所に向かった日々。
夕食をつくることだけが「私のやるべきこと」だった日々。
職場復帰後、倒れそうになりながら夕食をつくった日々。
創業を志しタイへ渡り、帰国した日にまずお味噌汁を作ったあの日。
初めての受注を記念して、昼間から煮込み料理を作った日。
事業計画書作成に煮詰まる度に台所で現実逃避した日々。

「私はどんな日にも欠かさず台所に立っていたのだ」と灌漑深くなり
「自分にとって一番思い入れのある場所が台所だったとは意外だ」と唸ってしまいました。

内に内に篭り、喜びも悩みも挫折も沢山味わった10年間。
どんな日も、私はとにかく台所に立っていたのです。

曲がりなりにも社会復帰を果たし、最近はとにかく多忙な日々を送っていたため忘れがちだった過去。
「よくここまで回復できた。我ながら頑張ったなぁ」と、改めて自分に感心してしまいました。

自分の実力不足で歯がゆい思いをすることも増えてきただけに、
最後の最後に、自分一人で振り返りを行う時間が与えられたのは、
誰かからの何かのプレゼントだったのかもしれない、と思いました。




新居では、碧香堂事業の為のスペースをしっかり確保。
来客があっても慌てず打ち合わせができ、いつでも取材が受けられる体制も整いました。

思いもよらず歩むことになった創業の道ですが、初心に戻って頑張ろうと密かに決意しました。

2015年6月12日金曜日

アイルランドのシンパシーカード情報(2)

前回に引き続き、アイルランドシンパシーカード事情レポートです。

報告者の方は「そもそも日本とは、グリーティングカード売り場面積が違いすぎて驚いた」
とおっしゃっていました。

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■カード売り場と品揃え

書店や、スーパーマーケットやコンビニエンスストア等のカード売り場で、
シンパシーカードを見つけることができました。

前回お伝えした売り場の写真は、書店内のカード売り場のもの。
宗教系のシンパシーカードがあったのは書店のみ。

「おじいちゃん」「おばあちゃん」など亡くなった方別のカードは、
大手スーパーは「おじいちゃん」「おばあちゃん」と「それ以外」といった感じ。
大手書店は、配偶者や子供など全ての関係者別のカードを確認できました。

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■現地の英語教師の方へのインタビュー

<純アイルランド人>
グリーティングカードとしてシンパシーカードも普通に贈る。
自分自身が贈った経験があるし、周りの人もそう。
至って普通の習慣である。

<インド系クリスチャン>
数多あるグリーティングカードは日常的に使用する。
シンパシーカードも同様。
宗教系のカードは、少しインスタントなものだと感じる。
本来は教会に行って司祭に直接サインをもらって贈るべきものだと思う。

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宗教色の強いアイルランドでも、生活習慣の変化がシンパシーカードにも表れているのでしょうか。
宗教色の弱い日本では、どんな方の言葉があったら遺族が喜ぶのだろうか?と感じました。

碧香堂では、世界のシンパシーカード情報を募集しています。
何か情報がありましたら、碧香堂ショップ内お問い合わせフォームでお知らせいただけると嬉しいです。
よろしくお願いいたします。

2015年6月1日月曜日

アイルランドのシンパシーカード情報

アイルランドへ短期語学留学に行っている元・会社の先輩がアイルランドのシンパシーカード情報を寄せてくれました。

S下さん、ありがとうございます!
書店のカード売り場の様子。
淡い色使いが多いですね。


アイルランドはカトリックの国。
大きく分けて、宗教系とそれ以外のシンパシーカードに分かれているようです。
多くは関係別(おじいさんとか、お父さんとか)になっていて、
宗教系のカードは司祭のサイン入りが多いとのこと。

日本だとどういった方のサインが喜ばれるのでしょうか。うーむ。

そして、息子さん・娘さんのカードもあるのかな、と気になりました。

別途ヒアリングも行ってきてくださるとのこと。(語学の上達次第?!)
期待して待っております!

2015年5月14日木曜日

母の日

母の日が終わりました。

お母さまを亡くした方も辛い日だったと思いますが、
唯一の子供を亡くした元・母親にとっても、ちょっとしんどい一日です。

一度母親になるとその感覚はなかなか失われないもの。
母性的な気持ちはまだ残っているのに、自分は世間から母親とみなされない。
なんだか悲しいことであるよ、と毎年思います。

けれど今年は違いました。
私の事情を知っている、とあるメーカーの担当営業さんが
来場者に配るカーネーションのバスソルトを私にもくださったのです。
とっても自然にさりげなく。


私にとって1回目の母の日は出産直後で(+夫も気の効く人ではなく)
2回目の母の日は入院中。
3回目の母の日は死別直後。

一度も母の日のプレゼントをもらったことがなかった私にとっては
初めての母の日のプレゼントです。

「もらってしまったら複雑な気持ちになるかもしれない」と危惧しましたが
そんなことはなく。
ただただ純粋に嬉しかったです。

これが時の力というものなのかもしれません。

3月下旬の息子の命日から始まった私の命日反応シーズンもこれでひと段落。
「自分を労わるシーズン」も終わったので、精力的な活動を再開しようと思います。

2015年4月17日金曜日

7回目の命日

今日は息子の7回目の命日。

毎年命日前後は記念日反応でぼーっとしてしまい、
ここ数年は、指を包丁で切って外科に行ったり、
火傷をして外科に行ったりしておりました。

外科の先生に「毎年この季節にだけ来られますね」と言われたのが昨年の出来事。
今年は「あの先生のお世話にならないこと」を目標に過ごしました。

結果として、本日まではなんとか達成。
包丁を滑らしたり、火傷をしたりはしたのですが、病院にいくほどの惨事にはなりませんでした。

勤務日を調整して、本日はお休みを取得。
外出をする予定で身支度までしたのですが、なんだかとても疲れてしまい、結局終日寝て過ごしてしまいました。

母の日が終了する来月まであと少し。
引き続き気を引きしめて過ごします。

2015年2月26日木曜日

葬式饅頭とシンパシーギフト

義父が死去してからお通夜まで、義父母のお友達が次々と弔問に訪れてくださいました。
義母も私も睡眠不足でふらふらになりながら対応しました。

みなさんきちんとした服装で来てくださるのですが、
私は病院に駆け付けた時のセーターにジーンズの姿のまま。
「とにかく失礼のないように」と気を張りながら、お茶を出していました。

義父は何か月も入院していて、義母も付き添っていたので、
家の中にちょうどよいお茶菓子がありません。
「買に出かけるわけにもいかないし、どうしよう」と困っていたところ
お客様が帰りがけに「よかったらこれを使って」と私に箱を渡してくださいました。

箱の中身は、弔事用のお饅頭。
おそらく私たちと同じような経験をされた方なのでしょう。
お心遣いを大変ありがたく感じました。

いただいたお饅頭は、お客様にお出しする時だけでなく、
私たちが葬儀の準備と後片付けに疲れた時、心を体を癒してくれました。


以前アメリカのシンパシーカードの習慣を調べた時、「シンパシーギフト」という商品群に出会いました。

ドライフルーツやナッツ、チョコレートといった簡単に口にすることができる食品を籠や箱に盛りつけたもの。
飲み物が添えられているものもありました。

悲しくて忙しくて倒れそう。だけど食事をとるのも億劫。
そんな死別直後の遺族にとって、こういった食べ物の贈り物はありがたいものなのだと、今回実感しました。


食品は賞味期限があるので、現段階の碧香堂で取り扱うのは難しいですが、
将来は食べ物・飲み物のグリーフケアギフトも提案もできればと思います。


 葬儀でおすそ分けいただいたお花が枯れ始めたら、ご遺族もそろそろ寂しさを感じる頃。
ハーブディーの贈り物など喜ばれると思います。

2015年2月20日金曜日

義父の葬儀

先週、1年3か月の闘病を経て、義父を見送りました。

私の社会復帰を応援してくださった義父。
西尾の講演後に病院に足を運んだ時には、前日失った意識を取り戻し
「仕事を途中で切り上げさせてしまったかね?」と声をかけてくださいました。

最後の笑顔の口元が、息子に似ていました。

葬儀では喪主の妻として頑張りました。
気が付くと「息子の時」と比べてしまい、知らず知らずのうちにダメージが蓄積。
 

 葬儀も大変でしたが、事後の各種手続きも大変でした。
各種名義変更、確定申告、年金の手続き、相続etc。
息子の時にはなかった手続きの数々に「大人が亡くなるとはこういうことなのだな」と実感。

私は病院通いの疲れと、葬儀のダメージも手伝って、放心状態です。
私ですらこうなのですから、義母はさぞかしと思います。

寝ても寝ても眠いぼーっとした頭で
「旦那様を亡くした方は、私たちと違った苦労や苦悩もあるのだ」などと思いながら
日常生活を再開しようと努力しています。

2015年1月22日木曜日

死別のお知らせと遺族の心境

年末年始に「友人の家族の訃報は聞いたが、本人からの連絡が来ないので対応に悩んでいる」
というご相談を複数いただきました。

死別直後の遺族にとって、親族の死去を他人に伝えるというのは、大変気がすすまない、
大きく消耗する作業です。

最低限必要な相手に伝えるのでも精一杯。
あとは勝手に連絡をまわしてくれれば、というのが当時の私の心境でした。
とにかく死別というショックに直面するのに精いっぱいで、
他人のちょっとした反応や失言にひどく傷ついてしまう状態なのです。

同じように早すぎる死別を味わった友人達も同じ心境を経験をしているようです。

もしあなたが、ご遺族と普段から親しく交流している方ならば、せひ一歩踏み込んで
「あなたの辛さを想っている」「手助けできることがあれば言って欲しい」
ということをメールか手紙で伝えてあげて欲しいです。

しかし、もし普段からさほど交流がない相手ならば、
お相手の気持ちがひと段落するまでそっと見守るのが、最善の策だと思います。


よろしければ、こちらの過去ブログ記事も参考にしてみてください。
イギリスの死別ケア組織Cruesのガイドラインを和訳し、解説したものです。
■周囲の方へ -遺族の方を助ける方法

また、手紙の文面に悩んだら、碧香堂が用意している挨拶状の文面も参考にしてみてください。
■お悔やみのご挨拶状【無料】http://griefcaregift.com/?pid=67622753

Cruse Bereavement CareのHPのグリーフケア情報を紹介した当ブログの他の過去記事
■遺族の方へ -自分を助ける方法
■遺族の方へ-年末年始の過ごし方
■子供との死別

2015年1月12日月曜日

セルフモニタリング

今回の年末年始は頻繁に病院に通う必要がありました。

私にとって、死別後もトラウマとして残っているのが、病院での入院生活。
1年間の入院付添い生活には辛いことが沢山あり、
私にとって病院は、今でも「思い出したくない」「できるだけ避けたい」と思う存在です。

TVの映像ですら、病院の風景は見たくありません。
点滴やナースさんを見るだけで心臓がぎゅっと縮こまり、
息が出来なくなるような感覚に襲われます。


しかし、今回はそうも言っていられません。

過去のことを考えないように気持ちに蓋をして、
自分自身も楽しくなるようなお土産を持って、
できるだけ夫と一緒に行くようにするなど工夫はしていました。

想定外だったのが、緊急外来。
私が一人で病院に行かなければいけなかった時、その時間帯は緊急外来の出入口しか開いていませんでした。
「緊急外来」という文字を見ただけで、退院後に外来に通った日々を思い出し
落ち着かない気持ちになります。

でも仕方ありません。

意を決して、できるだけ足早に通り過ぎます。
泣き叫んでいるお子さんはまだ大丈夫。
それだけの元気があるということは、多分重病を抱えているのではないのです。
じっと点滴を受けている車椅子のお子さんが視界に入ったので、
私はできるだけ見ないようにして通り過ぎましたが、不安そうな若いお母さんの顔を見てしまいました。

それでも人気のない廊下に差し掛かかり「やり過ごせた」と気を緩めた時、
子供用ベッドが視界に入りました。

大人用のベッドと異なり、ベビーベッドのように高いゲージがついているそれは、
私の息子が使っていたのと同じ。
私が1年間体を縮めて添い寝をしたベッドと同じ形と色をしています。

気が付くと私は立ち止まり、ベッドを見つめていました。
そして、ゲートの上げ下げにコツがあり、レバーを握って少し持ち上げてからゲートを上げ下げする必要があります。

気が付くと私は足を止め、ベッドを見ながらその動作をシミュレーションしていました。

そんな私の至近距離をマスクをした人が忙しそうに通り過ぎ、
私は我に返りました。

まずは、思わず立ち止まるほどのダメージを受けた自分の弱さにがっかり。

けれどすぐに気持ちを切り替えます。

こういう時は、何も考えずに、まずは自分のダメージを確認。
「今のはかなりのダメージだったな」と自分の状況を確認し、
「帰りはあの道を通らないようにしよう」と対策を立て、
目的の場所へと急ぎました。



死別にまつわるトラウマは人それぞれですし、自分に合った対処方法も様々だと思いますが、
私は、まずは自分自身の状況を確認するよう心がけています。
死別後すぐにはできなかったことですが、数年後からできるようになりました。

心理学用語で自分自身の状況を認識することを「セルフモニタリング」というのですが、
これを行うことで、感情の渦から一旦逃れることができます。

また、その後で「ダメージを受けてしまった自分」ではなく、
「対処できた自分」を認識し、「前よりは前進した」と自分で自分をたたえることが大切だと聞き、
できるだけ前向きに考えるようにしています。

いろいろと試した結果、自分にはこの方法が一番向いていると感じ、
いざという時に「セルフモニタリング」を行うよう心がけています。

それでも思い通りにならないのが、心と気持ちの難しいところ。
次の日は休ませてもらい、自宅でゆっくりと過ごしましたが、
疲労感は翌々日まで続きました。

どなたかのご参考になればと思い、記録しておきます。
とりとめのない記事で申し訳ありません。

2014年12月14日日曜日

帰省問題

先週、英国のグリーフケア組織・クルーズのガイドを元に年末年始の過ごし方という記事を書きましたが、
そこで触れなかったのが帰省問題です。

イギリスでのクリスマスと同等もしくはそれ以上に、
日本では「年末年始に実家へ帰省すること」が美徳とされている風潮があります。

しかし、私達遺族にとって「親戚の集まり」は、居なくなってしまった人の存在を強く感じさせられる場でもあります。
そして、親戚の中には「早く再婚しろ」だの「早く次の子供を産め」だの余計なひと言を言いたがる人が一人はいるもの。

年末年始に親族と過ごす自分を想像して、少しでも「嫌だな」「気が重いな」と思ったら、
「今年はそういう気持ちになれないので帰省しない」もしくは
「自分だけ・家族だけで静かに過ごしたいの帰省しない」と伝え断ってしまいましょう。

お相手があなたのことを本当に思ってくださる方なら、あなたの気持ちを理解してくださることでしょうし、
そうでない人であったら、そんな人の感情なんかより、あなた自身の気持ちを大切にするべきだと思います。


心休まる時間を手にするために、少しだけ勇気を持ってみてください。

年末年始が、皆様にとって静かに休められる期間となりますように。

2014年12月11日木曜日

年末年始の過ごし方

クリスマス、そしてお正月が近づいてきました。

このシーズンは一年で最も家族の絆が強調される次期。
大切な家族を亡くした遺族にとって、過ごしづらい季節です。

私の場合、息子の病気が判明し入院したのがクリスマスイブの前日だったこともあり、
毎年クリスマスが近づくと、心と体の調子を崩します。

今年はクリスマスイルミネーションも、ひとりでならぼんやりとですが楽しめて
「少しは克服できてきたかなー」と思っていたのですが、
お仕事がひと段落したとたん、急に体が重くなってしまいました。
「まぁ、他の季節と同じようにはいかないよな」とある意味納得しています。


そんな遺族仲間の方に向けて、昨年「年末年始の過ごし方」という記事を書きました。
イギリスの国家的なグリーフケア組織クルーズのホームページで見つけた文章の翻訳を中心にした記事です
遺族の方へ-年末年始の過ごし方-(Cruse Bereavement CareのHPから)


とても長い記事になってしまったので、今年バージョンとして要点をまとめ直してみました。
この季節をやり過ごすためのポイントは3つあると思います。


1.あらかじめ、年末年始をどう過ごしたいか考えておく。

何の準備もなくこの特別な日に臨むと、思わぬ傷を負うことになります。
クリスマスやお正月の準備に追われる幸せそうな家族を見るのが嫌だったら、
商業施設が混みあう前に買い物を済ませ、籠城する準備をするとよいと思います。

また、”幸せな家族”を強調するTVを見ていると辛くなってしまう可能性も大。
レンタルDVDを借りておいたり、自分にとって心地よい番組を録画して、この季節に備えるとよいと思います。

時間と予算が許すなら、海外に逃亡してしまうのも一案です。


2.家族が望む過ごし方を、あらかじめ聞いておく。

あなたが望む方法と家族が望む方法が大きく異なる可能性があります。
しかし、事前にお互いに素直な気持ちを話し合うことで、悲しい対立を避けることができます。

死別の悲しみへの対峙の方法は人それぞれです。
子供を亡くした夫婦の離婚率は高いと言われていますが、その原因は
「配偶者が死んでしまった子供への態度が自分とあまりに異なり許せなかったから」であることも少なくないのだそうです。

特別なイベントの当日に「家族と自分のスタンスが大きく異なる」ことが判明すると辛さも倍増。
事前に「クリスマスなんだけど、私は特別なことはしたくないんだ。」とか
「あえて例年通り祝いたい。ケーキもお供えしてあげたい。」など、
素直な気持ちを話し合い、調整できたらよいなと思います。


3.睡眠や食事のリズムを崩さないよう努力し、セルフケアを忘れない。

年末年始休暇は生活リズムが崩れがちになるものですが、
夜中まで起きていても、よいことはあまりありません。
きちんと寝て起きて日光に当たらないと、感情が安定しないものです(体験談)。

少しだけ頑張って、生活リズムを整えた方が、結果として心の安定を得られると思います。
ちょっとだけよい入浴剤を自分の為に買ったり、寝具を新調したりして、
この休暇の楽しみにしてはいかがでしょうか。



全ての遺族の方が、この年末年始をなんとか乗り越えられるよう祈ります。

2014年11月20日木曜日

ひっそり暮らしたいという気持ち

今年の6月から、公的機関で経営相談のお仕事を始めた私。
「もっとSEとしての経歴をPRしたらよいのに!」
「講師として名前を売るチャンスなんだから、もっと積極的にマスコミに出ればよいのに!」
そう言っていただくことが増えました。

「どんな形であれ人前に出れば、碧香堂やグリーフケアギフトへの注目も集まるかもしれない」
そう考えようとするのですが、尻込みしてしまう自分がいました。
正直に言ってしまうと「それはごもっともなのですが、なんだか、気が進まないのです…」という状態です。

私は死別直後に、それまで普通の人だと思っていた人にひどく無神経な言葉を投げつけられてから、
対人恐怖症のようになったことがあります。
自分では克服したつもりなのだけれど、まだ恐怖心が残っているのかもしれない。
それとも私はまだいじけているのだろうか?

そんな風に自問自答していたある日、私と同時期に旦那様を亡くした経営者の方とお話しをする機会がありました。
その方は、私と同じような気持ちがあるとおっしゃいました。
「自分の名前や写真を自社ホームページに掲載するのさえ嫌だ」と。

そういえば私も、「ひっそり暮らしたい」と思って、ネットショップ運営の道を選んだのでした。

「ひっそりと暮らしたい」「目立つことは嫌だ」。
この気持ちは、手痛い死別を経験した方に共通する気持ちなのかもしれない。
ちょっとしたヒントをいただきました。


そのまた後日。お仕事で遠方のホテルを訪れました。
このホテルは、私がSE時代に最も大変だったプロジェクトの間泊まり込んでいたホテル。
遠い昔のことなのですが、ちょっぴり複雑なこのホテルの構造を覚えている自分がいたりして、
当時の張りつめた気持ちと忙しかった日々を、懐かしく思い出しました。
痛みと共に。

そうして私は、ようやく気づくことができました。

私は、SEとしてやり残したことがあり、未練があるのです。
産休前には、「出産後も続けられる仕事」を求めて社内で実績とコネクションをつくり、
「30代は何が何でも育児と仕事を両立させて見せる」と意気込んでいました。
それなのに、想定外の息子の病と闘病生活、そしてそのショックすぎる終わり方に、私はすっかり打ちのめされてしまいました。
息子の死別後、なんとか職場復帰はしたのですが、以前のように頑張れない自分に気づき、退職という道を選んでしまいました。

私にとって、SEとしてのキャリアを意識することは、息子との死別を思い起こすことにつながります。
だから私はSEとしてのキャリアを意識したり話したりすることが嫌だったのです。


PTSDの症状の一つに、「回避行動」と呼ばれるものがあります。
ショックを受けた出来事やそれを連想させる行動や物事を避けようとする心の働きです。

私にとって、SEとしての記憶をたぐることは、息子の死を連想させるので、
私はそれを回避していたのです。

謎が一つ解けました。

どうすれば克服できるのか、今はまだ分かりません。
けれど、このことに気づけたことは、私にとって大きな前進です。
今までに「自分の課題を認識さえしてしまえば、解決までは意外に早い」という体験を繰り返しているからです。
今度もきっと、いつか自分なりの解決方法にたどり着ける気がします。


そしていつかあの経営者の方に、この発見を伝える機会があればと思います。



参考:PTSDについて(厚生労働省のサイト)
http://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_ptsd.html

2014年11月6日木曜日

10月の出会い

講師として講演に呼んでいただいたり、セミナーを開催したり。
10月は、人前に立つお仕事が続きました。

創業の動機を話す時以外は、活き活きと働いていた以前の自分のよう。

けれど、私にとって10月は、待望の退院を待ちわびながら、お礼と記念のお菓子を入院仲間に配った
想い出深い季節でもあります。

10か月におよぶ入院生活からの卒業が近づいてきたのは、7年前の10月の中旬。
ハロウィンの季節だったので、ハロウィン柄の袋にお菓子を入れて、入院仲間に配りました。
入院中は季節感が薄れてしまうので、季節の行事は大切で喜ばれるのです。

講演という慣れないお仕事に緊張し、気持ちが張りつめていても、
通勤途中にハロウィンの飾りつけを見かけると、即座にあの頃のことが思い出されます。

周囲の方にとっては、「7年も前の昔のこと」なのでしょうが、私にとっては、つい先日のことのよう。

最近「すっかり元気になったようでよかった」と言っていただくことが多いのですが、
私の実感は「変わってしまった自分をなんとか隠すことができるようになった」というところです。


そんな中、先日私と同じ時期に大切な家族を喪った方と出会うことができました。
その方も同じ想い感じているのだそう。

当事者としての想いを対面で分かち合えるのは貴重な機会。
病院の同窓会に参加できずにいる私にとっては、初めてのことです。

大勢の人と出会うお仕事は緊張を伴いますが、時にはこんなご褒美もあるのだと嬉しくなりました。


そしてまた、息子と同じ病気を克服して、起業を目指して頑張っておられる青年にも
出会うことができました。
彼はご両親から病気のことをほとんど聞かされていないのだそうですが、
私は勝手に勇気づけられてしまいました。


思いがけず履くことになった二足のわらじ。
体力的にも精神的にもキツイなーと感じることもしばしば。

ですが、二足目のわらじのおかげで、このような貴重な出会いに恵まれました。

大変だったけれど、頑張ってよかった。
そして、やはりグリーフケアギフト事業も頑張ろう、と思えた出会いでした。

2014年9月2日火曜日

シンパシーカード(英国)文言

先週に引き続き、英国のカードについての報告です。

義理の姉がロンドンで買ってきてくださったシンパシーカードは全部で10種類。

「ジョンルイス」というデパートのカード売り場で見つけたそうです。

ほぼすべてのカードの中身は白紙。
下段の2つのみ、カードの内側に「Thinking of you」と書いてありました。

写真では分かりにくいので、カードの表に書いてある文言をタイプしました。
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■下段左から
WITH SYMPATHY
WITH DEEPEST SYMPATHY

■下から2段目・左から
with you every step of the way(WWFへの寄付付き)
SYMPATHY(スズランの写真)

■中央(木漏れ日の森の写真)
ONE DAY AT A TIME
AND YOU WILL
FIND YOUR WAY

■上段左からアーチ状に
thinking of you (ティーカップに花束)
TEA and SYMPATHY (ピンクのティーポット:右下のカードに thinking of you X)
you're in my thoughts
with SYMPATHY
big hug x
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xはキスを意味するそうです。

sympathyは同情・共感・思いやりのような意味。
Thinking of you は「あなたのことを想っています」という意味です。


個人的には、日本の慣用句「お悔やみ申し上げます」よりも
英国の「あなたのことを想っています」の方が
より遺族の気持ちに沿っているように感じて、好ましく感じます。

死別は悔やむべきものではなく、避けがたいこと。
死別に苦しむ方を思いやる気持ちを表すことは、
きっとご遺族の悲痛な気持ちを和らげてくれるのではないかと思います。


こういう言葉に囲まれて育った英国人によっては
「ありふれた言葉ばかり!」と感じてしまうのかもしれませんが。


将来、碧香堂のオリジナルシンパシーカードを作る際の
参考にしたいと思います。


※英国のシンパシーカードの習慣についてはこちらの記事をご覧ください。

2014年8月28日木曜日

Cruesの冊子(2)

義理の姉が帰国し、以前ブログに書いたCruesの冊子を送ってくれました。

上段左:After the death of someone very close (とても親しい人を亡くした後で)
£2.50(約473円)
紫色を基調にした落ち着いた雰囲気の全12ページの冊子です。

上段右:When someone you love dies (愛する人を亡くした時に)
£2.75(約430円)
ワニのイラストがかわいいフルカラーの小さな冊子です。

この2冊の表紙をめくるとこんな感じ。

ワニの冊子には、写真を貼るための両面テープもついています。

思ったより薄くて割高に感じます。
おそらく組織運営のための寄付も含まれているのでしょう。

冊子は下段の茶色の封筒で届き、寄付を呼びかけるリーフレットと、
名刺サイズの連絡先カードがついていました。
このカードには「私たちは愛する方を亡くしたあなたをサポートします。
亡くなった時期や死因にかかわらず」というメッセージが書いてあります。
このカードは耐久性の高そうな加工がしてあり、遺族の方が保管するのに適したカードになっています。
冷蔵庫にでも貼っておいてもらえたらいつか役に立つ時がくるのではないでしょうか。


また、義姉はデパートの文具売り場でシンパシーカードも見つけ買ってきてくださいました。
 

シンパシーカード英国版は、中身も確認し別途ご報告いたします。
しばしお待ちください。

2014年8月14日木曜日

シンパシーカード(英国)習慣

イギリスに滞在中の義姉が、イギリスのシンパシーカードについて調査し、
教えてくれました。

調査相手は、「リバーズダウン」という滞在型の語学研修学校を運営するキャロラインさん。
今までのアメリカやフランスでの調査と異なり、一般市民の方からの情報です。
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<英国のシンパシーカードとお悔やみの習慣について>

自分の親しい人の身内が亡くなったら、訃報を聞き次第すぐにその親しい人に宛てて
シンパシーカードを送る。

亡くなった人のことをよく知らなければ一般的な文言を書く。
知っている人なら、なるべくその人についていろいろ書く。
(どんなすばらしい人だったとか、自分とその人とのエピソードなど)

シンパシーカードは、シンパシーカードとして売られているものを使うことも多い。
そうではない一般的なカードを使うこともよくある。
(もちろん、絵柄はふさわしいものを選ぶ)

シンパシーカード以外の贈り物はあまりしない。
花をお葬式に贈ることはある。
故人がサポートしていた慈善団体等があり、遺族がそれを望めば、
花を送るかわりにその団体に寄付することはよくある。
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だそうです。シンパシーカードは私の想像よりずっと定着している習慣のようです。

また「亡くなった方を知っていたら、なるべくその人について書く」
という習慣は、遺族にとってグリーフケアの助けになると感じました。

死別直後の遺族にとって「大切な家族に関する話題がタブーになってしまった」
「もう故人についての新しい思い出が作れない」と感じることはショックなことです。

けれどこうしてカードを通じて「自分が知らなかった故人のエピソード」を
教えていただけることは
「まだまだ私は大切な家族について新しく知ることができる」と感じることができ、
「死んでしまっても、思い出までは奪われない」という力強い発見をする手がかりになります。

Crues(イギリスの国家的なグリーフケア組織)のガイドライン
遺族の方へ -自分を助ける方法-(Cruse Bereavement CareのHPから)
周囲の方へ -遺族の方を助ける方法-(Cruse Bereavement CareのHPから)
でも「故人について話すこと」が推奨されています。
おそらく理にかなった方法なのでしょう。


碧香堂は、日本でも「訃報を聞いたらお悔やみのカードを贈る」という習慣を提唱したいと考えています。

現在は、第一弾として、アンナ・グリフィンのグリーティングカードの取り扱い
を行っています。
今後は、「お悔やみカードに書くべき言葉のヒント集」のようなものも
提供できればと考えています。



ご参考:リバーズダウン(日本語案内)
http://www.crossculture.com/UserFiles/File/Riversdown-House-Brochure-Japanese-Nihongo-2013.pdf
リバーズダウンハウスは英国ハンプシャーにある滞在型の学研修センター。日本人の受け入れも行っています。