2014年5月30日金曜日

新しい世界

記念日反応にやられて怪我をし、発熱までして寝込んでいた4月下旬のある日。意外な方からお電話がかかってきました。

お電話の主は、かつて創業道場への入門面接でお目にかかったあいち産業振興機構の統括コーディネーターさん。誰もが知っている大企業で取締役まで務めた方です。

突然のお電話にびっくりしていると、さらに意外なことを告げられました。
「国が新しく中小企業・小規模事業者を支援する拠点を都道府県に設置する。
自分はその愛知県の責任者になった。加藤さん、週に数日働いてみませんか?」
というスカウトのお電話。
私の役割は「拠点の運用業務と、広報的なお仕事、そして世の中の新サービスの調査・分析。ゆくゆくは経営相談員としての活動やセミナーの開催も期待している」とのことでした。

私の今までの経歴(IT業界での経験)と、起業の経験、そして各種資料の作成能力と分析力、碧香堂HPのまとまり具合を評価しての起用とのこと。

碧香堂は正直言って赤字です。そして、人と接することが好きな私は自宅での作業に少し息詰まりを感じていたところ。「記念日反応が終わったら、短期のバイトでもしてみようか」と思っていた矢先のお誘いでした。

思ってもみなかったお話に私はただただびっくりし、お電話を切った後、徐々に嬉しくなりました。そして、「ああ、私は捨ててしまったキャリアに未練があったのだな」と気づきました。

私は、息子を亡くすまで、ずっとIT業界で働くつもりでした。
男女の分け隔てなく能力と実績で評価されるこの業界が好きでしたし、プロジェクトの運営やお客様との信頼関係の築き方には自信があり、やりがいを感じていました。将来は「効率の良いプロジェクト運営」や「業務システム開発におけるユーザー部門担当者に求められる役割」といったテーマで論文を執筆したいと考えていました。

しかし、息子を突然失った後、PTSDを克服してなんとか復職してみると、担当していたお客様の業界の景気はどん底。また会社の組織が激しく変わり、産休に入る前に「育児と両立が可能そうな働き方ができる部署」にいくつかコネを作っておいたのですが、それらの部署はなくなっていました。
そして何より、自分と家族の健康を犠牲にしてまで働く気持ちにはなれませんでした。

そんなこんなで思い切って会社を辞め、海外(タイ)で働いたり派遣社員として働いてみましたが、「あのタイで見つけたお線香とろうそくを日本の遺族仲間に届けたい。日本の喪のギフトの世界を変えてみたい」と思い起業を決意。

様々な方にビジネスプランを見ていただきましたが、私の碧香堂プランの最大の弱点は「今までのキャリアや経験・スキルが活かされていない」という点でした。
経験のある業界で起業するのが、成功の鉄則。未経験の分野で成功できるほど、世の中甘くはありません。

しかし幸い、生活費は夫が稼いできてくれますし、私はこの事業をやってみなければ、先に進めないような気持になっていました。私にとってのグリーフケアギフト事業は、単なる職業選択の問題ではなく、ライフワークの問題でもあるからです。

最初は苦労するだろうけれど、様々な場面で今までに身に付けたスキルは活かせることはできるはず。それに将来碧香堂が成功して、セミナーやコンサルティングができるようになれば今までのキャリアも活かせるはずと、漠然と考えていました。

それが意外な形で、一足先に実現することになりました。

週に3日の勤務(当初は週に2日というお話だったのですが・・)ですから、なんとか碧香堂との両立は可能ですし、様々な事業者の皆様の相談に対応しているうちに、事業展開のヒントも得られそう。もちろん、公務なので公私混同は厳禁ですが、今までボランティアで創業仲間の相談にのっていましたが、業務として堂々と時間を割くことができます。それに何よりIT業界での経験が活かしたお仕事が可能になります。

GW明けから私の勤務がはじまり、来週の6月2日に拠点がオープン。
この3週間私はかつてのプロジェクト立ち上げのような雰囲気の中で、様々な原稿を作ったり、管理表を作ったり、メンバーの取りまとめを行ったりと、久々に時間に追われながら働いてきました。

久しぶりのオフィス勤務でミスや失敗もありましたが、お目付け役の方に「仕事の早さとコミュニケーション能力は素晴らしい」と褒めていただき、少しだけ自信回復しました。
(IT業界にいた際もコミュニケーション能力には自信があったのですが、入院時代は何かと上手くいかず、自信喪失していたのです・・・。)

そして今日、私の初仕事「リーフレットの原稿のとりまとめとデザイン」の成果が完成。
今までネット印刷会社しか使ったことのない私にとって、版下を作ってくださる印刷会社さんの利用ははじめて。「加藤さんは、こういうのが得意だと聞いていますが?」と言われた時には不安になりましたが、なんとか形になりました。

そのリーフレットの一部。私の自己紹介のコーナーです。

週明けから、愛知県下に10万部(!)配布されます。

病院の廊下で「この先私は何をして生きて行けばよいのだろう」と途方に暮れていたあの日から
早7年。

思ってもいなかった世界でのお仕事は、来週から本格稼働です。

2014年5月21日水曜日

記念日反応-7回目の私の場合

苦手な季節がようやく終わりました。

3月下旬の息子の誕生日にはじまり、
その約1か月後の命日。
そして、子供の日、母の日と続くこの約1か月間。

私にとっては、記念日反応と戦う季節です。

ここ数年は、あらかじめ「この季節は何かやってしまうから気を付けなければ」と
身構えるようになりました。

心理カウンセラーの先生によると、
「自分で心構えができるようになったことは、一歩前進した証拠」
なのだそうです。

だからといって無事では済まないのが、記念日反応のやっかいなところ。
十分気を付けていたつもりの私ですが、今年も散々な目にあってしまいました。


4月上旬の夕方。
ぼーっとする頭と疲れた体を引きづるようにして夕食の下ごしらえをしていた時。
じゃがいもの皮をピーラーでむいていたのですが、手が滑り、
指まで削ってしまいました。

傷口を洗い、修復機能のあるバンドエイドを貼っておいたのですが、
翌朝見たら血の塊のようなものが出来ている。
「これはヤバいかも」と判断し、近所の外科に行くことにしました。

玄関を出てすぐ目に飛び込んできたの入学式帰りの小学生親子。

指よりも、胸がずきんと痛みました。

私は、小学校の入学式に思い入れがあります。
息子の病気が分かって緊急入院した後、応急処置的な治療がひと段落し、
「今すぐに死ぬ可能性は回避できました」と言われ、
数か月ぶりに病院の外に出たのが、ちょうど桜の季節。

「世の中いつの間にか春になっている」と思いながら歩道を歩いていると、
一組の親子が目に入りました。

私より少し年上の、地味だけれど上品でやさしそうなお母さんと、
黒いランドセルを背負った男の子。
二人は胸にリボンを付けて、仲良く嬉しそうに桜の木の前を歩いていました。

数か月間、全てを諦めて病院に閉じこもっていた私には、
その姿が眩しくて、つい夢を見てしまいました。

ひょっとしたら、息子と私も、小学校の入学式に行けるようになるのかもしれないと。

思えば、出産を終え産院から退院させる時にも桜が咲いていました。
そして突然亡くなる数日前に、お散歩に行った時も2人で桜を眺めました。

そんなことが次々と思い出されましたが、それ以上考えないよう自分をコントロールし、
心をまっさらにして外科までの道のりを歩きました。
(ここ数年で身に付けた技です。)

ぼんやりしたまま受付を済ませ、診察していただたのですが、
私のカルテに目を通した先生は「毎年4月に来られていますね」と指摘しました。

カルテを見せていただくと、昨年は同じ時期に火傷をして駆け込み、
一昨年は命日にアボガドと同時に指を切り駆け込んでいました。

思わぬ私的に動揺し、
「ああ、ここ数年は心にでなく体に傷を負っていたのだなぁ」
と思いながら考えました。
この先生に、どこまで自分の事情を開示すべきかを。

頭に浮かんだままの言葉をいう訳にはいきません。
「この季節は息子が死んだ季節で、記念日反応なんですよー」
等と言ったら相手は困ってしまいます。
そして困った人と言うのは「何かを言わなければ」と思うあまり
配慮のない言葉をひねりだしてしまう可能性が高いのです。

かといって何も言わないと、「家事が年に一度下手になる主婦」となり、
不審に思われてしまいます。
そして人と言うのは一旦不審に思うと、掘り下げるような質問をするものなのです。

私は一言だけ言うことにしました。
「4月はどうも苦手な季節で」と。

先生はそれ以上聞かず、丁寧に処置をしてくださいました。

そして翌日、発熱。
薬を飲むのもおっくうで、1日中熱にうなされていました。

翌々日。
外科に経過を見せに行くと、経過は良好とのこと。
「その後お変わりはありませんか?」と聞かれたので
「高熱が出ました。傷のせいではないとは思いますが」
とつぶやきました。すると先生は、
「傷の状態は良好ですから、その可能性はありません。
風邪もお薬も出しておきますよ」
とおっしゃってくださいました。

そしてさらに
「しっかり食事をとってくださいね。
傷の回復にはビタミンAが必要ですし、風邪の回復にはお野菜が必要です。
今夜は牡蠣鍋にするとよいと思います。体も温まりますし」
と夕食の献立までアドバイスしてくださいました。

食欲のなかった私ですが、その親切に後押しされるように、
スーパーへと向かいました。

あいにく牡蠣の季節は終わってしまったようで入手できませんでしたが、
心が温かくなり、夕食を作る気力が湧きました。
そしてそれから2晩で回復することができました。


怪我をしてしまった当初は
「気を付けていたのに、やってしまった」と落ち込みましたが、
私も少しは対処方法が身についてきたかもしれない、
と思えた7回目の春でした。

2014年5月15日木曜日

写真撮影

今週、プロのカメラマンさんにお願いして、商品のイメージ写真を撮影していただきました!

撮影が難しい「お水に浮かべたキャンドル」もこの通り。

創業以来「自分でできることは自分で」をモットーに
ケチケチ経営をしていた碧香堂。
せっかく創業助成金をいただいたのに活用出来ていないと感じていました。

また「パッとみて3秒で何のお店か分かるTOPページ」づくりに取り組んできましたが
なかなか上手くいかず、様々な方に相談したところ
・商品の写真でなく、商品の使用シーン
・贈答のシーンやイメージ写真
が足りないのではないか?と、指摘を受けました。

なるほど確かに。

そこで、思い切ってプロのカメラマンさんに撮影をお願いすることにしました。

顔合わせがてらお打合せをお願いしたところ、
「スタイリストを頼むと高くなる。
スタジオに家具を運び込むとレンタル代がかかる。
それよりも自宅などの家屋で撮影するのが費用的にはベスト」
とのこと。そこで私の実家に私の私物を持ち込んで撮影をすることになりました。

小道具に使う生花も、「種類を指定して手配をすると高くなるので、
ご自分のお気に入りのお花屋さんで購入するとよいですよ」
と言われ自分で手。

当日は朝10:00から夕方16:00までみっちり撮影していただきました。

上記写真の撮影風景はこちら。

様々な細工をして「水に浮かぶフロートキャンドル」を固定。

 こんなにたくさんの機材を持ってきてくださいました。

私も頑張って、可能な限りの小物を用意。

多すぎたかも・・・。荷造りも運ぶのも大変でした。
次に機会があればもっと厳選して持参しようと思います。

お花もたくさん用意。

実は準備でほぼ徹夜だった私。
反省点も多々ありますが、心配だったお天気もなんとか持ち
無事終わってほっとしました。

後は、早く写真をショップ上でお披露目できるよう
頑張ります!


◎今回ご協力いただいたプロの皆様◎
  お花:SOUS LE GUI
  撮影:ジョイスクリエーション

2014年5月9日金曜日

亡くなったお母さまにろうそくを

久しぶりの更新になってしまいました。


5月11日は母の日。

母の日に向けて、早くにお母様を亡くされた知人が
碧香堂のお花のろうそくを購入してくださいました。

碧香堂が昨年の母の日の出来事にヒントを得て、
「母の日は母を想う日。
お母様を亡くした人も、お子様を亡くした人も
チャンドルを灯して在りし日の母と子を想おう」
という提案を打ち出したのは今年の4月。

売り上げはわずかだったのですが、
一人でも賛同してくださる人がいたのは嬉しいことでした。

さらに、感想もお寄せいただきました。
掲載許可を頂きましたので、ご紹介させていただきます。


☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜

キャンドル届きました。ありがとうございます。

封を開ける前からほのかに香りがして、和みます。
自分で購入して中身を知っていても、開封前から期待感ありです。

贈り物として中身を知らずに受け取った場合は、和みとドキドキ感大だと思います。
その場合、贈られた方の状況によっては、
その間だけでも、少し非現実の時間を得られるかと思います。
そういう時期に、届いた物から、緑色の普通の線香の匂いがしてたら、
ウンザリしちゃうと思います。

梱包も丁寧にしてあり、
箱やテープのセレクトなど、時間と手間をかけて頂いてる感がします。

☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜


辛い時期を体験している方ならではの思いやりにあふれたご意見をありがとうございました。


香りだけでも、一瞬「あれ、なんだろう?」と心を奪い、
辛さを忘れていただける可能性があるのだ、と気づさせていただきました。


碧香堂は、私一人でやっている事業なので出来ることが限られます。
でも、だからこそ、丁寧な対応を心がけています。

そして、全ての商品は、ご注文を受けてから心を込めて包装しています。
このギフトを受け取った人に
「自分は一人じゃないんだ。同じような痛みを経験した人がいるんだ」
ということが伝わりますように、と祈りを込めながら。

けれど、そんな想いが本当に届いているのか、この事業形態でよいのかと、
不安になる日もあります。

しかし、こうしてご意見をお寄せいただくと悩みや不安も吹き飛びますし、
「私の想いだけじゃなくて、香りも力になってくれる」と思うと心強いです。

そう、そもそも私は、このろうそくはこの香りがあったからこそ
取り扱ってみたいと思ったのでした。

色と形に香りに惹かれてこのろうそくのブースに近づき、
匂いをかいで「完璧」と思ったあの日を思い出させてくれるお便りでした。


彼女が選んだのは「アソート」。


凛としていながらキュートで素敵だったお母様にも喜んでいただけるはず。

そう思うと、私の心も温まります。

「グリーフケアギフト」に一番癒されているのは、実は私自身なのかもしれません。