2014年4月7日月曜日

ANNA GRIFFINのカード(2)カタログをください

マネージャーらしき女性から、カードの輸入許可をもらった私。
前回のお話参照)

次に確認すべきことは取引条件です。
・最低注文金額(アトランタではOpenPriceと呼ばれることが多い)はいくらか
・支払い手段は何か(アトランタではほとんどクレジットカードでOK)
・注文単位に制限はあるか(同じ商品を最低12個単位でetc)
・日本への送付方法は何か
これらを確認しましたが、特に問題はありませんでした。

しかし、私は初心者バイヤーかつ小額資金での創業者。
注文を決めるのにとても時間がかかります。

コストを計算して、
日本でいくらで売れるか検索して、
最低注文金額をほんの少し上回るくらいのお金で最大の効果が得られるべく、
商品構成を考えなければなりません。

この会社は6ボックス単位の注文で、
店頭に表示してあるのは1ボックス単位の金額。
カードはふすま4枚分くらいに渡って、美しくデザインされて並んでいます。
それはつまり、金額順でもなければ構成順でもないということ。
表示してある金額に6を掛けて、合計金額を考えなければなりません。

私は「とてもこの場で注文を決めることはできない!」と思いました。
(今この記事を書いていて気が付いたのですが、
最低注文金額を6で割って考えればよかったですね…)

ホテルに戻ってじっくり考えたかったので「カタログをいただけないか?」と聞くと
「ごめんなさい。カタログの在庫は切らしているの」とのお返事。
「ではメモ代わりに写真を撮ってよいか?」と聞くとそれはダメだと。

私が困っていると、スタッフさんがマネージャーの目を盗んで、私に耳打ちをしてくれました
「明日の夕方に違うマネージャーがくる。彼ならカタログを持ってきてくれるかも」と。
彼女は、おかっぱのストレートロングヘアでバービーちゃんのような体形。
体に胸元が大胆にあいたお洋服を着ており、そんなに近づかれると女性の私でもドキっとしてしまいます。

ふと気が付くと、もう見本市が終わる時間です。
私はマネージャーの女性にも聞こえるように
「ありがとう。もうこんな時間だから、また明日来ます」
と告げてブースを去りました。

スタッフの女性はウインクをして私を見送ってくれました。


翌日の夕方。
再びブースに向かうと、耳打ちしてくれたナイスバディ―な女性と
昨日はいなかった男性スタッフが座っていました。
男性は細身で物静かな雰囲気で、スーツを着込んでいます。
彼がきっと「別のマネージャー」なのでしょう。

「こんにちは。また来ました」とブースに入っていくと、男性は怪訝な顔をしました。
スタッフの女性の助けを借りながら事情を説明すると
「残念ながらカタログが届くのは多分明日なんだ。
よかったら、今ここでカードを見ながら注文してださい」と。

あいにく、その日ももう終了時間です。
「ごめんなさい。私はこの仕事を始めたばかりで即決ができないんです。
それに私はあと5日アトランタにいるの。明日以降また来ます」
私がそう告げると、男性は少し驚いた様子でした。

アトランタの見本市は、アメリカらしくとても気前のよい雰囲気。
カタログどころか、サンプルやコーヒーや食事まで気前よく振る舞われています。
それなのに、この会社は私にカタログをなかなかくれない。
私の立ち振る舞いに何か原因があるのかもしれません。

少し気になりましたが、事前に米国大使館の方から
「アジア人はデザインのコピーを目的に見本市に来る人も多く警戒されている」と聞ききました。
この会社はデザインが売りの会社ですから、仕方ないのかもと思うことにしました。

「カタログが届くのが遅れることも十分考えられる」
そう考えた私は2日後にブースを訪問しました。


その日、私はキャンドルメーカーの人とタフネゴシエーションを繰り広げた後で
今までにないくらいぐったりしていました。
それでも気合を入れ直して、トイレでメイクを直してからブースへ向かいます。

今日は例の男性が一人で座っていました。
先日とは少し違った雰囲気のファッションで、黒の革のパンツをはいています。
私が「こんにちは。カタログをもらいに来ました」と言うと、
彼は困った顔をして「それが、届いていないんだよ」と言います。

満を持してきたつもりの私は、がっかりしてしまいました。

「あれ?2日前に”明日届く”と言ってましたよね。私が誤解したのかしら」
「いや、君は正しいよ。本当にごめん」
とやり取りをしていると、外からひときわテンションの高い男性が
「ハッロ~ウ!」
と言いながらやってきました。

私の相手をしていた彼は、嬉しいような困ったような複雑な顔をして言いました。
「トラブルの元が来た。あいつがカタログを忘れたんだ!」

「ハーイ!あんたたち、何やってるの? もうお仕事は終わりの時間よ~!」
黄色のセットアップスーツを着た彼は、アクションも大振りです。

「僕らはまだ商談中だ。彼女は日本から来たバイヤーで、僕らのカタログが欲しくて毎日来てるんだ」
「私はカタログが昨日届くと聞いたのですが」
2人がかりで抗議しているのに、黄色の彼は意に介せず、
「あらごっめーん、そんなことより、ガール、あなたも一緒に食事に行きましょう!」
等と言ってきます。

アトランタの街は決して治安が良くありません。
私は毎日日没前にホテルに戻るようにしていますし、
見ず知らずの男性と食事に行くなんて考えられません!

私はそれまでの疲れも手伝って、心の中で叫びました。

(こんな治安の悪い街で見ず知らずの男2人と食事になんて行けるかぁーっ!
日本人女性をナメるなーーっ!)

しかし、英語で何と言うべきか、言葉が浮かんできません。

私の怒りが表情に現れたのでしょう。
2人の男性はあわてて、取り繕うように言いました。
「おぉ、まてまて!」
「心配するな、僕らはコレなんだ」

彼らは2人で肩を組み、胸元のブローチを指さします。
ピンクのハートのブローチ。
スワロフスキーのようなキラキラのデコレーションが一面に施されています。
よく見ると、革パンツの男性も同じキラキラのブローチをしています。

「??」私が戸惑っていると、黄色のセットアップスーツの彼は
ジャケットのポケットから、レインボーのキーホルダーを取り出して私に見せました。

確か、虹はゲイピーポルのシンボル・・・・。

改めて2人の顔を見つめると、彼らはおどけてハグとキスのジェスチャーを繰り返します。

間違いない。きっと彼らは...

しかし、こんな時は何といえばよいのでしょう。
私はこんな状況での会話を練習したことがありません。

困った私は、英語の構文のようなフレーズをひねり出しました。
「ええっと、私はあなたが言っていることを正しく理解しました。多分」

私の目は思っきり泳いでいたことでしょう。
黄色の彼は吹き出します「ぷっ。あなたおもしろい子ね!
そうよ、私たちはゲイなのよ~!」と踊りながらブースに入り、
「ちょっと待ってなさい、去年のカタログならあるかも~!」
と歌いながらバックヤードに去って行きました。

呆然とする私を椅子に座らせ、革パンツの男性が説明します。
「ごめん。驚かせてしまったね。日本人にはなじみがないかもしれないけれど、
このブローチはゲイピーポルのシンボルなんだ。
実は僕たちスタッフにはゲイが多いんだよ」と。

そのブローチは確か私に親切にしてくれた女性スタッフもしていました。
彼女が妙にボディータッチをしてきて親切だったのは、そういう意味?!

黄色の彼が戻ってきて「ごっめーん、なかった!」と私に抱きつきます。
ひぃぃ。

私の「想定内」のリミッターは完全に壊れてしまい、
私は、彼らに自分の事情を漏らしたくなりました。
「さっきは、ごめんなさい。
実は私はこの商売をはじめたばかり。今まではずっとITエンジニアだったの。
アメリカの見本市に来るのも初めてで、文化に慣れてしないの。
私は今日他の会社とのネゴシエーションが上手くいかなくて疲れてしまって。
それでつい感情をあらわにしてしまったの」と。

「そうだったんだね」革パンツの彼はいつになく親切です。
「なんていう会社なの?何か助言ができるかも」黄色の彼も神妙な顔をしてテーブルにつきます。

(恋人の前ではよい人に見せたいのだろうか・・・)と思いつつ、
私はキャンドル会社のカタログを広げました。

「私はこのキャンドルが、あなたたちのカードと同じくらい
私の顧客にぴったりだと思うの。
でもこの会社が直販できるのは、南北のアメリカのみ。
それ以外の地域の会社は皆、イギリスの代理店を通せとセールスマネージャーは言うの。
そんなことをしたら、輸送コストが高くなってしまうし、エコじゃない。
でも私はさっき偶然ブースにやってきたCEOを捕まえて、明日15分時間をもらうことができたの。
明日、何から話してどう交渉すればよいのか分からなくて」
と説明すると、2人は難しそうな顔をしています。

革パンツの彼が口をひらきました。
「それは難しいね。アメリカでは契約が全てなんだ。
多分その会社とイギリスの代理店は特別な契約を交わしているのだろう。
それを覆すのは難しいと思うよ」

そう、私もそう思っていました。私は今まで米系IT企業で働いていたので
契約の重要性は理解しています。
私は、彼に単なる素人ではないことも分かってもらいたくて説明を続けます。
「そうよね。私はアメリカの会社で働いていたからよく分かる。
でも、CEOの時間をもらえるなんてとても貴重なチャンス。
私はどうすればよいのだろうと途方に暮れていたの」
私の説明に、革パンツの彼がうなずきます。
「Take your way(あなたのやり方で) それしかないよ」

カタログを興味深く見ていた黄色の彼が口を挟みました。
「でも僕には一つ分かることがある。このCEOの彼はゲイだよ。
間違いない」

えっ?!

革パンツの彼もカタログを覗きこんでこう言います。
「どれどれ。ああ、そうだね。間違いない」

私にはまったく分からないけれど、そうなんだ。
・・・それは貴重な情報をありがとう。


廊下の電気が暗くなりました。今日ももう閉館時間です。

儀礼的に私をもう一度食事に誘う彼らの申し出を断って、
私たちは別れることにしました。

彼らは楽しげに身支度を行います。この2人はやっぱり恋人同士なのかなぁ…。
革パンツの彼が振り返って、私にもう一度言いました。
「Take your way!」

ありがとう。

私はホテルに戻って作戦を練ることにしました。

つづきはこちら


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