創業補助金の完了報告がようやく終わりました。
昨夜(というか今朝)の朝5時までかかってラストスパート。
当初予定よりかなり使用金額が減ってしまったのですが、
それでも書類は厚さ2cmを超えました。
反省点は多々あります。
申請は、1つの購入ごとに「仕様書」「見積書」「発注書」「納品書」「請求書」「支払いが確認な資料(領収書など)」を揃えるのが基本。
私は「書類をいっぱい揃えなければならない!」とテンパってやたら見積書をもらって来てしまいました。
そのくせ購入の決断ができなくて、そうこうしている間に見積書の有効期間が切れ、
そのままお蔵入りになった購入案件も。
そして、今回の補助金は「申請後認められれば、使った金額の2/3が後で帰ってくる」
というタイプだったのですが、私はこの2/3マジックに惑わされ
「これは本当に必要か」
「万が一2/3が戻ってこなくても買うべきか」
「いやせっかくなのだから、この期間に買ってしまった方がお得なのでは?」
「本当に申請が認められるか不安」
と堂々巡りをしてしまうこともしばしばありました。
事業のスピードアップを図るなら、自分の意思決定のスピードを上げなければならない
と痛感しています。
しかし、創業直前のタイミングでこの補助金が公表されたのは幸運なめぐりあわせでした。
そして、補助金採択事業の事例紹介として取り上げていただけ、
ショップへのアクセスが上がったのもありがたいことでした。
このご恩を返すためにも、「もっといっぱい売って、人を雇って、いっぱい納税する」
を早く実現したいです。
この創業補助金の本年度バージョンは6/30が締切。
締切1営業日前の今日は、受付にたくさんの人が並んでいました。
私がこのブログを書いている今も、申請書をブラッシュアップされている方も多いのでしょう。
締め切りまであと3日弱。
悔いのないようがんばってください!
2014年6月27日金曜日
2014年6月20日金曜日
個人輸入のはじめ方
今週、立て続けに「輸入をやってみたいのですが、どうしたらよいのでしょうか?」と質問を受けました。
このブログで私のドタバタ起業顛末記は書いていますが、
「情報としてまとまっていない」と感じたので、まとめてみます。
(ANNA GRIFFIN物語は続きます。しばしお待ちを。)
1.MIPROを活用
MIPRO(ミプロ)は個人輸入をサポートする一般財団法人です。
MIPROのサイトでは、輸入に必要な情報がぎっしり詰まった冊子が無料でダウンロードできます。
http://www.mipro.or.jp/
また、無料で輸入の相談を受け付けています。
窓口は東京池袋にしかないのですが、Webや電話での相談もOKです。
QA集も参考になります。
2.仕入れ先の見つけ方
主に4つの方法があります。
1)友人・知人からの紹介
2)バイヤー向けサイトで開拓(BUYMAやeBay,アリババなど)
3)海外見本市で開拓する
4)現地のマーケットで発掘する
1)は「以前海外に住んでいてその時のつてで」等のケースです。
2)は要英語力。既にやっているショップさんも多いかもです。
3)が王道だと言われています。
見本市に出展できる企業というのはそれなりに信用があり、また実物も会場で確認できるので効率がよいとされています。
しかしメジャーな見本市では既に日本に代理店があるメーカーも多くなります。
また、その場で買って帰れることはまずなく、注文し、お金を支払い、商品の到着を待つ、
というプロセスが必要となります。
4)は市場での買い付けも含まれます。
その場で買い付けて持ち帰えるのが最も手っ取り早い方法。
全くの初心者はまずはここからとよく言われました。
3)と組み合わせて、見本市の前に市価を把握するためにも一度マーケットに行ってみることをお勧めします。
3.見本市情報
JETROのサイトの情報が一番充実しています。
http://www.jetro.go.jp/j-messe/
その昔はJETROが輸入もサポートしていたのだそうですが、
現在は「輸出&海外進出はJETRO」「小口輸入はMIPRO」と棲み分けがされているのだとか。
けれど全く輸入の相談を拒否している訳ではありません。
貿易サポートのイベントもたくさん。
MIPROとJETROのメルマガは購読を登録しておくことをお勧めします。
4.見本市への参加申し込み
バイヤーとして事前に申し込み、現地に赴きます。
主催者のサイトで直接登録することもできますが、
アジアやマイナーな見本市では、その国の商務省の出先機関@日本を通じて申し込むとホテルの無料宿泊などの特典がつくことも。
また、通訳の手配など様々なサポートをしてくださるので、要チェックです。
※見本市によっては有料だったり資格審査があったりします。
5.見本市に行く準備
事前に用意すべきものは3つ。
1)英語の名刺
2)支払手段の準備
3)輸送方法の確認
です。
1)名刺には、オリジナルドメインのメールアドレスやURLがあると信用性が増すように感じます。
また、国によってはLINEやSkypeのIDが書いてあると喜ばれることもあります。
2)支払方法は、欧米はクレジットカード、アジアでは銀行振込が多いようです。
事前に、カードの限度額や暗証番号を確認したり、取引先の国への送金事情を調べておくくらいはやっておいた方がよいと思います。
コスト計算には諸手数料も加えなければいけませんし、銀行経由の送金は手数料が意外に高いのです。
3)FedExなどのアカウントを持っていると「着払いで送って」と言うだけで商談がシンプルになります。
但し、着払いを選択すると日本の料金体系が適用されて割高になることも。
小口輸入者の私たちは、輸出元の意向に従うしかないことも多々あるのですが、
あらかじめ送料の目安を把握しておくと安心できます。
あとは、飛行機とホテルを手配して飛び立つだけ!
以上、超ざっくりとした、個人輸入のはじめ方(着手編)でした。
このブログで私のドタバタ起業顛末記は書いていますが、
「情報としてまとまっていない」と感じたので、まとめてみます。
(ANNA GRIFFIN物語は続きます。しばしお待ちを。)
1.MIPROを活用
MIPRO(ミプロ)は個人輸入をサポートする一般財団法人です。
MIPROのサイトでは、輸入に必要な情報がぎっしり詰まった冊子が無料でダウンロードできます。
http://www.mipro.or.jp/
また、無料で輸入の相談を受け付けています。
窓口は東京池袋にしかないのですが、Webや電話での相談もOKです。
QA集も参考になります。
2.仕入れ先の見つけ方
主に4つの方法があります。
1)友人・知人からの紹介
2)バイヤー向けサイトで開拓(BUYMAやeBay,アリババなど)
3)海外見本市で開拓する
4)現地のマーケットで発掘する
1)は「以前海外に住んでいてその時のつてで」等のケースです。
2)は要英語力。既にやっているショップさんも多いかもです。
3)が王道だと言われています。
見本市に出展できる企業というのはそれなりに信用があり、また実物も会場で確認できるので効率がよいとされています。
しかしメジャーな見本市では既に日本に代理店があるメーカーも多くなります。
また、その場で買って帰れることはまずなく、注文し、お金を支払い、商品の到着を待つ、
というプロセスが必要となります。
4)は市場での買い付けも含まれます。
その場で買い付けて持ち帰えるのが最も手っ取り早い方法。
全くの初心者はまずはここからとよく言われました。
3)と組み合わせて、見本市の前に市価を把握するためにも一度マーケットに行ってみることをお勧めします。
3.見本市情報
JETROのサイトの情報が一番充実しています。
http://www.jetro.go.jp/j-messe/
その昔はJETROが輸入もサポートしていたのだそうですが、
現在は「輸出&海外進出はJETRO」「小口輸入はMIPRO」と棲み分けがされているのだとか。
けれど全く輸入の相談を拒否している訳ではありません。
貿易サポートのイベントもたくさん。
MIPROとJETROのメルマガは購読を登録しておくことをお勧めします。
4.見本市への参加申し込み
バイヤーとして事前に申し込み、現地に赴きます。
主催者のサイトで直接登録することもできますが、
アジアやマイナーな見本市では、その国の商務省の出先機関@日本を通じて申し込むとホテルの無料宿泊などの特典がつくことも。
また、通訳の手配など様々なサポートをしてくださるので、要チェックです。
※見本市によっては有料だったり資格審査があったりします。
5.見本市に行く準備
事前に用意すべきものは3つ。
1)英語の名刺
2)支払手段の準備
3)輸送方法の確認
です。
1)名刺には、オリジナルドメインのメールアドレスやURLがあると信用性が増すように感じます。
また、国によってはLINEやSkypeのIDが書いてあると喜ばれることもあります。
2)支払方法は、欧米はクレジットカード、アジアでは銀行振込が多いようです。
事前に、カードの限度額や暗証番号を確認したり、取引先の国への送金事情を調べておくくらいはやっておいた方がよいと思います。
コスト計算には諸手数料も加えなければいけませんし、銀行経由の送金は手数料が意外に高いのです。
3)FedExなどのアカウントを持っていると「着払いで送って」と言うだけで商談がシンプルになります。
但し、着払いを選択すると日本の料金体系が適用されて割高になることも。
小口輸入者の私たちは、輸出元の意向に従うしかないことも多々あるのですが、
あらかじめ送料の目安を把握しておくと安心できます。
あとは、飛行機とホテルを手配して飛び立つだけ!
以上、超ざっくりとした、個人輸入のはじめ方(着手編)でした。
2014年6月9日月曜日
ANNA GRIFFINのカード(4)エレベータースピーチ
お取引に至らなかった、とあるキャンドルメーカーとの交渉のお話その2です。
【今までのお話】
ANNA GRIFFINのカード(1)出会い
ANNA GRIFFINのカード(2)カタログをください
ANNA GRIFFINのカード(3)キャンドルメーカー
☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜
私は息を切らせながら心優しきおじさま達が運営するブースにたどり着きました。
そんな私を見て、顔見知りのおじいさん販売員はびっくり。
接客中だったのに商談を中断して私に声をかけてくれました。
「おや、ジャパニーズガール、こりゃまたようこそ。
今日は一体どうしたんだね?」
私はメーカーのセールスマネージャーの彼が来る前に責任者に話を通しておかなければと思い、焦りながら説明しました。
「Bobはいますか?私は今すぐに彼と話をしたいのです。
このキャンドルのメーカーのセールスマネージャーと会って」
私の表情から何かを察したのでしょう。
彼は受付にいる案内嬢を呼んで、Bobを呼んでくるよう指示しました。
そして別のスタッフを呼び
「わしゃ自分のお客さんがいるから、あとは彼と話しなさい」
と引き継ぎをしてくれました。
ありがとう。
私は商談の邪魔をしてしまったことを彼と彼のお客様に詫び、
今日はじめて会うスタッフさんに自己紹介をしました。
☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜
「初めまして。私は日本から来ました。そして日本に住んでいます。
('I came from Japan.'とだけ言うとルーツなのか住居なのか識別がつかないようで
'Do you live in Japan? 'と聞かれることが多かったので2日目から付け加えるようにしていました)
私はこの見本市の初日にこのブースに来て、このキャンドルをとても気に入りました。
でもOpen Price(最低注文金額)が私には少し高くて、迷っていたらBobに’できるさ’と励まされました。
そして今日先ほど、臨時出展ブースでもこのキャンドルを見つけて、日本に輸入にできるか聞いたのです。
すると彼はメーカーのセールスマネージャーで、日本への輸出はイギリスの代理店を通さなければいけない。
Bobの代理店は日本へキャンドルを売ることを禁止されていると言いました。
私はトラブルを望みません。
Bobに、日本へ輸出できることを約束していないと言って欲しいんです」
☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜
なんとか伝え終わった時、どこからともなくBobがやってきました。
「ああ、Bob!
私はトラブルを起こしてしまうことを恐れています。
私は今日、このキャンドルメーカーのセールスマネージャーに会いました。
彼は、えっと」
私が言葉に詰まっていると、先ほど相手をしてくれたスタッフが、
早口の英語で手短にBobに伝えてくれました。
Bobは言いました。
「わかった、わかった。でも何も問題はない。
まずは落ち着いて。そこに座って。そうだ、コーヒーとクッキーはどうだい?」
私はここ数日間で、スタッフは何よりもブースの雰囲気づくりに心を砕いていることを学んでいました。他のお客様もいる前で取り乱してもらっては困るのでしょう。
とにかく伝えるべきことは伝えたし、彼に従ってコーヒーをいただこうかな、と思った瞬間、
あのセールスマネージャーがやってきました。
彼はすぐに私を見つけ、不敵に微笑みました。
「やあ、また会ったね」
そしてBobに向かって「Bob、きみに話がある。契約についてだ」と言いました。
私が聞き取れたのはここまで。
すぐに2人は激しく言い合い始めました。身振り手振りが大きく、どんどんお互いの顔が近づいてゆきます。英語は全く聞き取れません。でも、よくない雰囲気であることは確かです!
「ちょっとまって、誤解があります」
私が口を挟もうとすると、先ほどのスタッフが私の前に回り込みました。
彼はウインクをしながら、ことさらゆっくりと話します。
「マドモアゼル。折角ですから私たちのキャンドルをゆっくりご覧になりませんか?
私はこのキャンドルを3年間売っています。
このキャンドルに関することなら、なんでも質問に答えられると思いますよ」と。
むむむ。
私はここを立ち去った方がよいようです。
私は深呼吸をしてから、彼に従うことにしました。
「それはいいアイデアですね。お願いします。
けれど、私はマドモアゼルでなくマダムですのよ。ムッシュー?」
「おや、それは失礼しました。マダム、こちらへどうぞ」
彼はにやりと笑いながら私をエスコートし、大きな棚の向こう側へ案内してくれました。
棚の向こう側へついた私たちは、顔を見合わせて笑いました。
「ムッシュー、ありがとう。
あなたのおかげで最悪の事態は避けれたみたい」
「どういたしまして、マダム。
でも私はまだあなたの名前も知らないんですよ」
そういえばそうです。私はあわてて名刺を差し出しました。
彼も私に名刺をくださいます。
私は改めて自己紹介をし、お詫びをしました。
「私は日本でグリーフケアのギフトを販売する仕事をしたいと思い、起業したばかりです。
昨年まではITエンジニアでした。
私はこの業界についてよく知らないし、アメリカの見本市に来るのも初めてです。
私のせいで、あなたのボスの立場が悪くならなければよいのですが」
「へぇ、そうだったのですか。でもあなたの対応は適切でしたよ。
彼は今、OpenPriceについて話しただけだとマネージャーに弁明しています」
私の相手をしながら聞き耳をたてているとは。なかなか有能なスタッフのようです。
「そうなんですね。あなたがBobへ手短に話してくれたおかげです。
ありがとう」
一気に打ち解けた私たちはいろいろな話をしました。
彼はフロリダ半島のタンパに住んでいるということ。
海と太陽がきれいな街だそうです・
そして、タンパでこのキャンドルの代理店をしていて、
このアメリカズマートの期間中だけセールスの応援に来るのだそうです。
(タンパはアトランタのずっと南。フロリダ半島の真ん中東側にあります。
数日前までサッカー日本代表がキャンプをしていた土地です。)
そして、このキャンドルについていろいろと教えてくれました。
一番人気があるのは香り。定番商品の香り。
クリスマスシーズンによく売れる香り。
アメリカではキャンドルはキッチンやリビングで使う物だ。
などなど。
そして、このメーカーの代理店に対する数々の素晴らしいサービスを教えてくれました。
OpenPriceは少々高いけれど、木製の什器が無料でサービスされること。
アメリカ国内なら送料は全て無料で、どの代理店から買ってもメーカーから直送されること。
そして販売店内を競わせサポートする様々なコンクールのこと。
かなり完成されたビジネスモデルを構築している会社だと感じました。
私はため息をついて言いました。
「聞けば聞くほど魅力的なキャンドルと会社です。
私もこのキャンドルを日本で売りたい。
でも、私はイギリスの代理店を通じて買わなければならないのでしょうか?」
彼は残念そうに言いました。
「アメリカでは契約は絶対ですからね。
それにセールスマネージャーの言うことを覆すのは難しいでしょう。
オーナーの意向でも変えないない限り」
アメリカ社会における契約の大切さは私も知っていました。
私は、13年間アメリカ系のコンピューターメーカーで働いていたのです。
「契約書に書いた期日は何が何でも守る義務がある。
契約書に書いてないことを勝手にやる権限はない」
そんなトレーニングを長年受けてきました。
私がその難しさを崩せることができるとすれば、グリーフケアギフト事業にかける想いだけです。
私は彼に起業の動機を説明しました。
日本では、毎日仏壇にお線香やろうそくを灯す習慣があること。
けれどろうそくには香りがなく、無個性であること。
家族を亡くした時に、もっと個性のある線香やろうそくがあればよいのにと思ったこと。
そして、このろうそくは私のコンセプトにぴったりだということ。
などなどと。
彼は私の話を、ところどころ質問をしながら、じっくり聞いてくれました。
そしてしんみりと言いました。
「それは素敵なビジネスプランだね。
あなたが私のようにBobからこのキャンドルを買えるとよいのだけれど」
その時、にわかに棚の向こう側が賑やかになりました。
私と彼は顔を見合わせました。
さきほどまでけんか腰だったセールスマネージャーとBobが仲睦まじく、
小柄な若い男性をうやうやしく囲みながらこちらへやってきました。
「ようこそおいで下さいました」
「売り上げは順調ですよ」
「今日は日本からのバイヤーも来ているのです」
「ええ、我々のキャンドルに興味があるとかで」
セールスマネージャーとBobは笑顔で話しています。
先ほどまでの険悪な雰囲気は一体どこへ?!
そしてこの男性は何者なのでしょう?
私とスタッフが戸惑っていると、その若い男性が私に握手を求めてきました。
顔を見ると、文句のつけようがないイケメンです。
彼は何か英語で自己紹介したようなのですが、私は聞き取れませんでした。
そして、彼ら3人はあわただしく商談へと戻って行きました。
私は、ずっとついていてくれたスタッフに助けを求めました。
彼はぽかんとした顔をしています。
「ねえ、あの人は一体なんだったの?」
「Oh my God ! 彼はオーナーだよ!このキャンドルの創始者の息子で今のオーナーだよ!
僕は3年間このキャンドルを扱っているけれど、今日はじめて会ったよ!!」
えぇっ。あの若者がオーナー?!
「本当だよ、僕が君にさっき渡したカタログ。
この1ページ目に載ってるでしょ」
分厚いカタログをめくると先ほどの彼の写真がサイン入りで載っていました。
どうやら本当のようです。
しかし彼はこの会社のオーナーにしては若すぎです。学生にさえ見えます。
「君は正しい。彼は昨年まで大学生だったんだ。
彼は3年間でこの会社をここまで大きくしたんだ。」
なんとまぁ。そんな学生起業家がこの会社のオーナーだったとは。
驚きましたが、驚いている場合ではありません。
これって、大変ラッキーなチャンスなのではないでしょうか。
私の頭には「エレベータースピーチ」という言葉が浮かびました。
会社員時代に新人研修で習った言葉です。
新人研修の講師はこう言っていました。
”常に自分の仕事の問題点を1分間で話せるようにしておきなさい。
あなた達はI社の社員として、キーパーソン(自社の社長やお客様の偉い人)に突然会って話す機会があった際に、端的に課題を説明する必要があります。
これをエレベータースピーチと言います。
この業界には、エレベーターなどでキーパーソンと一緒に乗り合わせた際に手短に話し、抜擢のチャンスを得た人がたくさんいます。
現実には、そんなチャンスが訪れることはめったにありませんが、この習慣を身に付けることによって常に大局的な観点から自分の仕事を眺めることができます。
端的に自分の仕事の問題点と解決策を話せるように、日ごろから考える習慣を身に付けるようにしなさい。”
ピカピカの無邪気な新人社員だった私は、この話を気に入り、
通勤電車の中で「今の仕事の一番の問題点と解決策」と考えるのを日課にしていました。
会社員時代にはついぞその機会に恵まれなかったエレベータースピーチのチャンスが、今私の目の前に。
私はタンパから来た彼に相談しました。
「ねぇ、私はオーナーと直接話をしたい。1分だけ時間をもらえないかしら」
さすがの彼もうろたえます。
「どうなんだろう。僕にはそんな権限はないし、彼はとても忙しい人だと聞いているよ」
興奮さめやらぬ私たちが作戦会議をしていると、イケメンオーナーが一人でやってきました。
今度は私にだけ握手を求め「先ほどは失礼しました。お会いできてうれしいです」とおっしゃいます。
私はすかさず彼を見つめながら言いました。
「私は、自分があなたのキャンドルを日本に紹介するのにベストな人間だと思います。
私に1分だけ時間を下さい」
彼は私の迫力に驚いたようで、うなずきました。
「OK、話を聞きましょう」
私の背後にいたスタッフが息をのむ音が聞こえました。
私のエレベータ―スピーチの始まりです。
☆.。.:*・゜☆ 続きます。
アメリカズマートのバイヤーズガイド。
私は毎晩ホテルでこの電話帳のように厚い冊子と格闘していました。
【今までのお話】
ANNA GRIFFINのカード(1)出会い
ANNA GRIFFINのカード(2)カタログをください
ANNA GRIFFINのカード(3)キャンドルメーカー
☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜
私は息を切らせながら心優しきおじさま達が運営するブースにたどり着きました。
そんな私を見て、顔見知りのおじいさん販売員はびっくり。
接客中だったのに商談を中断して私に声をかけてくれました。
「おや、ジャパニーズガール、こりゃまたようこそ。
今日は一体どうしたんだね?」
私はメーカーのセールスマネージャーの彼が来る前に責任者に話を通しておかなければと思い、焦りながら説明しました。
「Bobはいますか?私は今すぐに彼と話をしたいのです。
このキャンドルのメーカーのセールスマネージャーと会って」
私の表情から何かを察したのでしょう。
彼は受付にいる案内嬢を呼んで、Bobを呼んでくるよう指示しました。
そして別のスタッフを呼び
「わしゃ自分のお客さんがいるから、あとは彼と話しなさい」
と引き継ぎをしてくれました。
ありがとう。
私は商談の邪魔をしてしまったことを彼と彼のお客様に詫び、
今日はじめて会うスタッフさんに自己紹介をしました。
☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜
「初めまして。私は日本から来ました。そして日本に住んでいます。
('I came from Japan.'とだけ言うとルーツなのか住居なのか識別がつかないようで
'Do you live in Japan? 'と聞かれることが多かったので2日目から付け加えるようにしていました)
私はこの見本市の初日にこのブースに来て、このキャンドルをとても気に入りました。
でもOpen Price(最低注文金額)が私には少し高くて、迷っていたらBobに’できるさ’と励まされました。
そして今日先ほど、臨時出展ブースでもこのキャンドルを見つけて、日本に輸入にできるか聞いたのです。
すると彼はメーカーのセールスマネージャーで、日本への輸出はイギリスの代理店を通さなければいけない。
Bobの代理店は日本へキャンドルを売ることを禁止されていると言いました。
私はトラブルを望みません。
Bobに、日本へ輸出できることを約束していないと言って欲しいんです」
☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜
なんとか伝え終わった時、どこからともなくBobがやってきました。
「ああ、Bob!
私はトラブルを起こしてしまうことを恐れています。
私は今日、このキャンドルメーカーのセールスマネージャーに会いました。
彼は、えっと」
私が言葉に詰まっていると、先ほど相手をしてくれたスタッフが、
早口の英語で手短にBobに伝えてくれました。
Bobは言いました。
「わかった、わかった。でも何も問題はない。
まずは落ち着いて。そこに座って。そうだ、コーヒーとクッキーはどうだい?」
私はここ数日間で、スタッフは何よりもブースの雰囲気づくりに心を砕いていることを学んでいました。他のお客様もいる前で取り乱してもらっては困るのでしょう。
とにかく伝えるべきことは伝えたし、彼に従ってコーヒーをいただこうかな、と思った瞬間、
あのセールスマネージャーがやってきました。
彼はすぐに私を見つけ、不敵に微笑みました。
「やあ、また会ったね」
そしてBobに向かって「Bob、きみに話がある。契約についてだ」と言いました。
私が聞き取れたのはここまで。
すぐに2人は激しく言い合い始めました。身振り手振りが大きく、どんどんお互いの顔が近づいてゆきます。英語は全く聞き取れません。でも、よくない雰囲気であることは確かです!
「ちょっとまって、誤解があります」
私が口を挟もうとすると、先ほどのスタッフが私の前に回り込みました。
彼はウインクをしながら、ことさらゆっくりと話します。
「マドモアゼル。折角ですから私たちのキャンドルをゆっくりご覧になりませんか?
私はこのキャンドルを3年間売っています。
このキャンドルに関することなら、なんでも質問に答えられると思いますよ」と。
むむむ。
私はここを立ち去った方がよいようです。
私は深呼吸をしてから、彼に従うことにしました。
「それはいいアイデアですね。お願いします。
けれど、私はマドモアゼルでなくマダムですのよ。ムッシュー?」
「おや、それは失礼しました。マダム、こちらへどうぞ」
彼はにやりと笑いながら私をエスコートし、大きな棚の向こう側へ案内してくれました。
棚の向こう側へついた私たちは、顔を見合わせて笑いました。
「ムッシュー、ありがとう。
あなたのおかげで最悪の事態は避けれたみたい」
「どういたしまして、マダム。
でも私はまだあなたの名前も知らないんですよ」
そういえばそうです。私はあわてて名刺を差し出しました。
彼も私に名刺をくださいます。
私は改めて自己紹介をし、お詫びをしました。
「私は日本でグリーフケアのギフトを販売する仕事をしたいと思い、起業したばかりです。
昨年まではITエンジニアでした。
私はこの業界についてよく知らないし、アメリカの見本市に来るのも初めてです。
私のせいで、あなたのボスの立場が悪くならなければよいのですが」
「へぇ、そうだったのですか。でもあなたの対応は適切でしたよ。
彼は今、OpenPriceについて話しただけだとマネージャーに弁明しています」
私の相手をしながら聞き耳をたてているとは。なかなか有能なスタッフのようです。
「そうなんですね。あなたがBobへ手短に話してくれたおかげです。
ありがとう」
一気に打ち解けた私たちはいろいろな話をしました。
彼はフロリダ半島のタンパに住んでいるということ。
海と太陽がきれいな街だそうです・
そして、タンパでこのキャンドルの代理店をしていて、
このアメリカズマートの期間中だけセールスの応援に来るのだそうです。
(タンパはアトランタのずっと南。フロリダ半島の真ん中東側にあります。
数日前までサッカー日本代表がキャンプをしていた土地です。)
そして、このキャンドルについていろいろと教えてくれました。
一番人気があるのは香り。定番商品の香り。
クリスマスシーズンによく売れる香り。
アメリカではキャンドルはキッチンやリビングで使う物だ。
などなど。
そして、このメーカーの代理店に対する数々の素晴らしいサービスを教えてくれました。
OpenPriceは少々高いけれど、木製の什器が無料でサービスされること。
アメリカ国内なら送料は全て無料で、どの代理店から買ってもメーカーから直送されること。
そして販売店内を競わせサポートする様々なコンクールのこと。
かなり完成されたビジネスモデルを構築している会社だと感じました。
私はため息をついて言いました。
「聞けば聞くほど魅力的なキャンドルと会社です。
私もこのキャンドルを日本で売りたい。
でも、私はイギリスの代理店を通じて買わなければならないのでしょうか?」
彼は残念そうに言いました。
「アメリカでは契約は絶対ですからね。
それにセールスマネージャーの言うことを覆すのは難しいでしょう。
オーナーの意向でも変えないない限り」
アメリカ社会における契約の大切さは私も知っていました。
私は、13年間アメリカ系のコンピューターメーカーで働いていたのです。
「契約書に書いた期日は何が何でも守る義務がある。
契約書に書いてないことを勝手にやる権限はない」
そんなトレーニングを長年受けてきました。
私がその難しさを崩せることができるとすれば、グリーフケアギフト事業にかける想いだけです。
私は彼に起業の動機を説明しました。
日本では、毎日仏壇にお線香やろうそくを灯す習慣があること。
けれどろうそくには香りがなく、無個性であること。
家族を亡くした時に、もっと個性のある線香やろうそくがあればよいのにと思ったこと。
そして、このろうそくは私のコンセプトにぴったりだということ。
などなどと。
彼は私の話を、ところどころ質問をしながら、じっくり聞いてくれました。
そしてしんみりと言いました。
「それは素敵なビジネスプランだね。
あなたが私のようにBobからこのキャンドルを買えるとよいのだけれど」
その時、にわかに棚の向こう側が賑やかになりました。
私と彼は顔を見合わせました。
さきほどまでけんか腰だったセールスマネージャーとBobが仲睦まじく、
小柄な若い男性をうやうやしく囲みながらこちらへやってきました。
「ようこそおいで下さいました」
「売り上げは順調ですよ」
「今日は日本からのバイヤーも来ているのです」
「ええ、我々のキャンドルに興味があるとかで」
セールスマネージャーとBobは笑顔で話しています。
先ほどまでの険悪な雰囲気は一体どこへ?!
そしてこの男性は何者なのでしょう?
私とスタッフが戸惑っていると、その若い男性が私に握手を求めてきました。
顔を見ると、文句のつけようがないイケメンです。
彼は何か英語で自己紹介したようなのですが、私は聞き取れませんでした。
そして、彼ら3人はあわただしく商談へと戻って行きました。
私は、ずっとついていてくれたスタッフに助けを求めました。
彼はぽかんとした顔をしています。
「ねえ、あの人は一体なんだったの?」
「Oh my God ! 彼はオーナーだよ!このキャンドルの創始者の息子で今のオーナーだよ!
僕は3年間このキャンドルを扱っているけれど、今日はじめて会ったよ!!」
えぇっ。あの若者がオーナー?!
「本当だよ、僕が君にさっき渡したカタログ。
この1ページ目に載ってるでしょ」
分厚いカタログをめくると先ほどの彼の写真がサイン入りで載っていました。
どうやら本当のようです。
しかし彼はこの会社のオーナーにしては若すぎです。学生にさえ見えます。
「君は正しい。彼は昨年まで大学生だったんだ。
彼は3年間でこの会社をここまで大きくしたんだ。」
なんとまぁ。そんな学生起業家がこの会社のオーナーだったとは。
驚きましたが、驚いている場合ではありません。
これって、大変ラッキーなチャンスなのではないでしょうか。
私の頭には「エレベータースピーチ」という言葉が浮かびました。
会社員時代に新人研修で習った言葉です。
新人研修の講師はこう言っていました。
”常に自分の仕事の問題点を1分間で話せるようにしておきなさい。
あなた達はI社の社員として、キーパーソン(自社の社長やお客様の偉い人)に突然会って話す機会があった際に、端的に課題を説明する必要があります。
これをエレベータースピーチと言います。
この業界には、エレベーターなどでキーパーソンと一緒に乗り合わせた際に手短に話し、抜擢のチャンスを得た人がたくさんいます。
現実には、そんなチャンスが訪れることはめったにありませんが、この習慣を身に付けることによって常に大局的な観点から自分の仕事を眺めることができます。
端的に自分の仕事の問題点と解決策を話せるように、日ごろから考える習慣を身に付けるようにしなさい。”
ピカピカの無邪気な新人社員だった私は、この話を気に入り、
通勤電車の中で「今の仕事の一番の問題点と解決策」と考えるのを日課にしていました。
会社員時代にはついぞその機会に恵まれなかったエレベータースピーチのチャンスが、今私の目の前に。
私はタンパから来た彼に相談しました。
「ねぇ、私はオーナーと直接話をしたい。1分だけ時間をもらえないかしら」
さすがの彼もうろたえます。
「どうなんだろう。僕にはそんな権限はないし、彼はとても忙しい人だと聞いているよ」
興奮さめやらぬ私たちが作戦会議をしていると、イケメンオーナーが一人でやってきました。
今度は私にだけ握手を求め「先ほどは失礼しました。お会いできてうれしいです」とおっしゃいます。
私はすかさず彼を見つめながら言いました。
「私は、自分があなたのキャンドルを日本に紹介するのにベストな人間だと思います。
私に1分だけ時間を下さい」
彼は私の迫力に驚いたようで、うなずきました。
「OK、話を聞きましょう」
私の背後にいたスタッフが息をのむ音が聞こえました。
私のエレベータ―スピーチの始まりです。
☆.。.:*・゜☆ 続きます。
アメリカズマートのバイヤーズガイド。
私は毎晩ホテルでこの電話帳のように厚い冊子と格闘していました。
2014年6月3日火曜日
ANNA GRIFFINのカード(3)キャンドルメーカー
間が空いてしまいましたが、連載(?)再開です。
今回はお取引に至らなかった、とあるキャンドルメーカーとの交渉のお話です。
【今までのお話】
ANNA GRIFFINのカード(1)出会い
ANNA GRIFFINのカード(2)カタログをください
☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜
「Take your wayかぁ。いいこと言ううなぁ」
私は、彼の言葉をかみしめながらホテルの部屋に戻りました。
自室の前まで来てカードキーを取り出した途端に、大切なことを思い出しました。
「カタログをくださいって念押しするのを忘れた!」
ああ、私はやっぱり素人バイヤー。おまぬけな話ですが、今更仕方ありません。
明日の商談に集中!です。
私は落ち着くためにシャワーを浴びてから、改めて今までのやり取りを思い出しました。
☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜
私がそのキャンドルを発見したのは、アトランタのアメリカズマーケットに初めて足を踏み入れた日の午後でした。
そのキャンドルメーカーのブースは、そこだけデパートのような高級感のある売り場になっていました。
ティーライトキャンドルから巨大なガラスポットまで、大小さまざまなサイズのキャンドル。
色はシンプルに白だけなのですが、香りはざっと50種類。
どの香りも控えめでセンスが良く、心地よい香りです。
どの香りにもひとひねりある名前と物語がついていて、心惹かれます。
そして何より、ラベルや展示用の什器、小売店向けのサービスが充実。
コンセプトや経営理念などもシンプルで明確です。
最低注文金額は750ドルから。
他のお店に比べると少々高額で悩むところですが、出せない金額ではありません。
この完成度合なのに、日本に販売代理店は未だないのだそう。
ためしにブランド名を入力してネット検索してみましたが、確かに日本語のページは見当たりませんでした。
まだ無知な新規バイヤーそのものだった私は、
「私はなんてラッキーなのだろう。アトランタまで来るとこんな大チャンスがころがっているのだ!」と無邪気に心をときめかせていました。
接客してくださる方は、メーカーでなく代理店の方で、年配のおじさま・おじいさまが中心。
「おお、きみは日本からはるばる来たのかね。一人で?! アトランタへようこそ!」
「きみの英語は上手だね。僕なんて生まれてから今まで英語しか話したことがないよ」
「本当だ、いい英語の先生についたのだろう」
と暖かく迎えてくれました。
説明もシンプルかつ明確で分かりやすく、
「この代理店とならよいお付き合いができそうだ」と感じました。
唯一気になったのは「日本に輸出できますか?」への回答。
「ああ、できるはずだよ。なぁ?」
「さぁ。マイクに確認した方がいいんじゃない?」
と、急に曖昧になりました。
気になった私は、このキャンドルメーカーの公式サイトから質問をしました。
「私はあなたのろうそくを日本へ輸入することができますか?
日本に既に代理店があるのならば教えてください」と。
すると、超長文の格調高い英語で返信がありました。
そのメールにはこのように書かれているようでした。
「南北アメリカ以外は、我々イギリス代理店の配下である。
したがって、御社はイギリス代理店である私と契約を結ぶ必要がある。
今までにも日本の業者から問い合わせがあったが、我々が期待する規模でなく
取引は成立していない」
アメリカで作っているろうそくなのに、イギリスから輸入しなければならないって、本当に?!
英語力に自信のない私は、英語の得意な友人に助けを求めることにしました。
簡単に事情を説明し、「ちょっと訳してくれませんか?」とメールを添付します。
ちなみに、パソコンを持ってこなかったので、全てiPhoneでのやり取りです。
何度も手がつりました。
時差が上手く作用し、翌朝には友人から返事が届いていました。
「そう、正解。あなたはイギリスの代理店から仕入れなければならないみたい」
とのこと。なんてこったい。
アメリカから直接輸入するだけでも、最低注文金額と送料が不安なのに
イギリスを経由していたら採算が不安すぎます。
諦めきれない気持ちを抱えたまま、他のキャンドルメーカーを探すべく
ギフトショーのカタログを見直していると、
同じ代理店が、臨時出展エリアにもブースを出していることを発見しました。
このブースに行ってみよう。
そして、何食わぬ顔をして取引できないか聞いてみよう。
アトランタに来るまでは「私はこの業界では信用も何もないのだから、せめて誠実でいよう」
と心に決めていた私の初めての悪巧みです。
当初、この作戦は成功したかのように見えました。
臨時出展エリアブースには今までに見たことのない若く体格の良いスタッフがいて、
愛想よく対応してくれました。
そこで、私は思い切って聞いてみることにしました。
「私は日本に住んでいるの。日本に輸出する場合、送料以外に特別なチャージは必要かしら?」
と。
すると彼の表情は一転して、厳しい顔で言いました。
「No。日本には輸出できないよ。アジアはイギリスの代理店を通してもらうことになっている」
私はあえてとぼけてみました。
「えっ、そうなの?
他のブースでは日本に輸出できるようなことを聞いたのだけれど・・・」
彼はにやりと笑って、ネームプレートを裏返して言いました。
「実は僕はメーカーの人間でセールスマネージャーだ。セールスルートは僕の責任下にある。
もし、ビルディングXのブースの責任者がそういったなら、僕は彼を契約違反で注意しなければいけない」
メーカーの人間か代理店の名札をつけてスタッフをしているなんて!
私は驚きながらも慌てて付け加えました。
あの心優しい代理店のおじいさまたちが怒られてしまっては大変です。
「えっ、そうなの?!私の英語は不確かだから、聞き間違えたのかも。
今日もう一度行って確認してくるわ。
だって私はどうしてもこのキャンドルを私の顧客に届けたいのだもの」
彼の表情は少し和らぎましたが、目は笑っていません。
「そうだね、僕も今日彼らのブースへ確認に行くよ」
大変なことになりました。
彼は、私が公式サイト経由で送ったメールの存在も知っているのかもしれません。
私は彼より早く代理店ブースへ向かわなければと思いました。
しかし、アメリカズマートのビルは広大で、複雑です。
3つのビルがところどころでつながっているのですが、そのつながり方が複雑。
しかもこの日は重要な通路が封鎖されていて、大混乱。
常勤らしきスタッフですら
「えぇーっ?!私はどうやって私の売り場に戻ればよいの?」と警備員に聞いている始末です。
私がクタクタになって、常設ブースの代理店にたどり着くと、幸いあのセールスマネージャーはまだ到着していないようでした。
☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜
長くなりすぎたので、別の記事へ続きます。
アトランタのホテルのロビー。
不安でいっぱいだった私を、黄色いお花が励ましてくれました。
今回はお取引に至らなかった、とあるキャンドルメーカーとの交渉のお話です。
【今までのお話】
ANNA GRIFFINのカード(1)出会い
ANNA GRIFFINのカード(2)カタログをください
☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜
「Take your wayかぁ。いいこと言ううなぁ」
私は、彼の言葉をかみしめながらホテルの部屋に戻りました。
自室の前まで来てカードキーを取り出した途端に、大切なことを思い出しました。
「カタログをくださいって念押しするのを忘れた!」
ああ、私はやっぱり素人バイヤー。おまぬけな話ですが、今更仕方ありません。
明日の商談に集中!です。
私は落ち着くためにシャワーを浴びてから、改めて今までのやり取りを思い出しました。
☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜
私がそのキャンドルを発見したのは、アトランタのアメリカズマーケットに初めて足を踏み入れた日の午後でした。
そのキャンドルメーカーのブースは、そこだけデパートのような高級感のある売り場になっていました。
ティーライトキャンドルから巨大なガラスポットまで、大小さまざまなサイズのキャンドル。
色はシンプルに白だけなのですが、香りはざっと50種類。
どの香りも控えめでセンスが良く、心地よい香りです。
どの香りにもひとひねりある名前と物語がついていて、心惹かれます。
そして何より、ラベルや展示用の什器、小売店向けのサービスが充実。
コンセプトや経営理念などもシンプルで明確です。
最低注文金額は750ドルから。
他のお店に比べると少々高額で悩むところですが、出せない金額ではありません。
この完成度合なのに、日本に販売代理店は未だないのだそう。
ためしにブランド名を入力してネット検索してみましたが、確かに日本語のページは見当たりませんでした。
まだ無知な新規バイヤーそのものだった私は、
「私はなんてラッキーなのだろう。アトランタまで来るとこんな大チャンスがころがっているのだ!」と無邪気に心をときめかせていました。
接客してくださる方は、メーカーでなく代理店の方で、年配のおじさま・おじいさまが中心。
「おお、きみは日本からはるばる来たのかね。一人で?! アトランタへようこそ!」
「きみの英語は上手だね。僕なんて生まれてから今まで英語しか話したことがないよ」
「本当だ、いい英語の先生についたのだろう」
と暖かく迎えてくれました。
説明もシンプルかつ明確で分かりやすく、
「この代理店とならよいお付き合いができそうだ」と感じました。
唯一気になったのは「日本に輸出できますか?」への回答。
「ああ、できるはずだよ。なぁ?」
「さぁ。マイクに確認した方がいいんじゃない?」
と、急に曖昧になりました。
気になった私は、このキャンドルメーカーの公式サイトから質問をしました。
「私はあなたのろうそくを日本へ輸入することができますか?
日本に既に代理店があるのならば教えてください」と。
すると、超長文の格調高い英語で返信がありました。
そのメールにはこのように書かれているようでした。
「南北アメリカ以外は、我々イギリス代理店の配下である。
したがって、御社はイギリス代理店である私と契約を結ぶ必要がある。
今までにも日本の業者から問い合わせがあったが、我々が期待する規模でなく
取引は成立していない」
アメリカで作っているろうそくなのに、イギリスから輸入しなければならないって、本当に?!
英語力に自信のない私は、英語の得意な友人に助けを求めることにしました。
簡単に事情を説明し、「ちょっと訳してくれませんか?」とメールを添付します。
ちなみに、パソコンを持ってこなかったので、全てiPhoneでのやり取りです。
何度も手がつりました。
時差が上手く作用し、翌朝には友人から返事が届いていました。
「そう、正解。あなたはイギリスの代理店から仕入れなければならないみたい」
とのこと。なんてこったい。
アメリカから直接輸入するだけでも、最低注文金額と送料が不安なのに
イギリスを経由していたら採算が不安すぎます。
諦めきれない気持ちを抱えたまま、他のキャンドルメーカーを探すべく
ギフトショーのカタログを見直していると、
同じ代理店が、臨時出展エリアにもブースを出していることを発見しました。
このブースに行ってみよう。
そして、何食わぬ顔をして取引できないか聞いてみよう。
アトランタに来るまでは「私はこの業界では信用も何もないのだから、せめて誠実でいよう」
と心に決めていた私の初めての悪巧みです。
当初、この作戦は成功したかのように見えました。
臨時出展エリアブースには今までに見たことのない若く体格の良いスタッフがいて、
愛想よく対応してくれました。
そこで、私は思い切って聞いてみることにしました。
「私は日本に住んでいるの。日本に輸出する場合、送料以外に特別なチャージは必要かしら?」
と。
すると彼の表情は一転して、厳しい顔で言いました。
「No。日本には輸出できないよ。アジアはイギリスの代理店を通してもらうことになっている」
私はあえてとぼけてみました。
「えっ、そうなの?
他のブースでは日本に輸出できるようなことを聞いたのだけれど・・・」
彼はにやりと笑って、ネームプレートを裏返して言いました。
「実は僕はメーカーの人間でセールスマネージャーだ。セールスルートは僕の責任下にある。
もし、ビルディングXのブースの責任者がそういったなら、僕は彼を契約違反で注意しなければいけない」
メーカーの人間か代理店の名札をつけてスタッフをしているなんて!
私は驚きながらも慌てて付け加えました。
あの心優しい代理店のおじいさまたちが怒られてしまっては大変です。
「えっ、そうなの?!私の英語は不確かだから、聞き間違えたのかも。
今日もう一度行って確認してくるわ。
だって私はどうしてもこのキャンドルを私の顧客に届けたいのだもの」
彼の表情は少し和らぎましたが、目は笑っていません。
「そうだね、僕も今日彼らのブースへ確認に行くよ」
大変なことになりました。
彼は、私が公式サイト経由で送ったメールの存在も知っているのかもしれません。
私は彼より早く代理店ブースへ向かわなければと思いました。
しかし、アメリカズマートのビルは広大で、複雑です。
3つのビルがところどころでつながっているのですが、そのつながり方が複雑。
しかもこの日は重要な通路が封鎖されていて、大混乱。
常勤らしきスタッフですら
「えぇーっ?!私はどうやって私の売り場に戻ればよいの?」と警備員に聞いている始末です。
私がクタクタになって、常設ブースの代理店にたどり着くと、幸いあのセールスマネージャーはまだ到着していないようでした。
☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜
長くなりすぎたので、別の記事へ続きます。
アトランタのホテルのロビー。
不安でいっぱいだった私を、黄色いお花が励ましてくれました。
2014年5月30日金曜日
新しい世界
記念日反応にやられて怪我をし、発熱までして寝込んでいた4月下旬のある日。意外な方からお電話がかかってきました。
お電話の主は、かつて創業道場への入門面接でお目にかかったあいち産業振興機構の統括コーディネーターさん。誰もが知っている大企業で取締役まで務めた方です。
突然のお電話にびっくりしていると、さらに意外なことを告げられました。
「国が新しく中小企業・小規模事業者を支援する拠点を都道府県に設置する。
自分はその愛知県の責任者になった。加藤さん、週に数日働いてみませんか?」
というスカウトのお電話。
私の役割は「拠点の運用業務と、広報的なお仕事、そして世の中の新サービスの調査・分析。ゆくゆくは経営相談員としての活動やセミナーの開催も期待している」とのことでした。
私の今までの経歴(IT業界での経験)と、起業の経験、そして各種資料の作成能力と分析力、碧香堂HPのまとまり具合を評価しての起用とのこと。
碧香堂は正直言って赤字です。そして、人と接することが好きな私は自宅での作業に少し息詰まりを感じていたところ。「記念日反応が終わったら、短期のバイトでもしてみようか」と思っていた矢先のお誘いでした。
思ってもみなかったお話に私はただただびっくりし、お電話を切った後、徐々に嬉しくなりました。そして、「ああ、私は捨ててしまったキャリアに未練があったのだな」と気づきました。
私は、息子を亡くすまで、ずっとIT業界で働くつもりでした。
男女の分け隔てなく能力と実績で評価されるこの業界が好きでしたし、プロジェクトの運営やお客様との信頼関係の築き方には自信があり、やりがいを感じていました。将来は「効率の良いプロジェクト運営」や「業務システム開発におけるユーザー部門担当者に求められる役割」といったテーマで論文を執筆したいと考えていました。
しかし、息子を突然失った後、PTSDを克服してなんとか復職してみると、担当していたお客様の業界の景気はどん底。また会社の組織が激しく変わり、産休に入る前に「育児と両立が可能そうな働き方ができる部署」にいくつかコネを作っておいたのですが、それらの部署はなくなっていました。
そして何より、自分と家族の健康を犠牲にしてまで働く気持ちにはなれませんでした。
そんなこんなで思い切って会社を辞め、海外(タイ)で働いたり派遣社員として働いてみましたが、「あのタイで見つけたお線香とろうそくを日本の遺族仲間に届けたい。日本の喪のギフトの世界を変えてみたい」と思い起業を決意。
様々な方にビジネスプランを見ていただきましたが、私の碧香堂プランの最大の弱点は「今までのキャリアや経験・スキルが活かされていない」という点でした。
経験のある業界で起業するのが、成功の鉄則。未経験の分野で成功できるほど、世の中甘くはありません。
しかし幸い、生活費は夫が稼いできてくれますし、私はこの事業をやってみなければ、先に進めないような気持になっていました。私にとってのグリーフケアギフト事業は、単なる職業選択の問題ではなく、ライフワークの問題でもあるからです。
最初は苦労するだろうけれど、様々な場面で今までに身に付けたスキルは活かせることはできるはず。それに将来碧香堂が成功して、セミナーやコンサルティングができるようになれば今までのキャリアも活かせるはずと、漠然と考えていました。
それが意外な形で、一足先に実現することになりました。
週に3日の勤務(当初は週に2日というお話だったのですが・・)ですから、なんとか碧香堂との両立は可能ですし、様々な事業者の皆様の相談に対応しているうちに、事業展開のヒントも得られそう。もちろん、公務なので公私混同は厳禁ですが、今までボランティアで創業仲間の相談にのっていましたが、業務として堂々と時間を割くことができます。それに何よりIT業界での経験が活かしたお仕事が可能になります。
GW明けから私の勤務がはじまり、来週の6月2日に拠点がオープン。
この3週間私はかつてのプロジェクト立ち上げのような雰囲気の中で、様々な原稿を作ったり、管理表を作ったり、メンバーの取りまとめを行ったりと、久々に時間に追われながら働いてきました。
久しぶりのオフィス勤務でミスや失敗もありましたが、お目付け役の方に「仕事の早さとコミュニケーション能力は素晴らしい」と褒めていただき、少しだけ自信回復しました。
(IT業界にいた際もコミュニケーション能力には自信があったのですが、入院時代は何かと上手くいかず、自信喪失していたのです・・・。)
そして今日、私の初仕事「リーフレットの原稿のとりまとめとデザイン」の成果が完成。
今までネット印刷会社しか使ったことのない私にとって、版下を作ってくださる印刷会社さんの利用ははじめて。「加藤さんは、こういうのが得意だと聞いていますが?」と言われた時には不安になりましたが、なんとか形になりました。
そのリーフレットの一部。私の自己紹介のコーナーです。
週明けから、愛知県下に10万部(!)配布されます。
病院の廊下で「この先私は何をして生きて行けばよいのだろう」と途方に暮れていたあの日から
早7年。
思ってもいなかった世界でのお仕事は、来週から本格稼働です。
お電話の主は、かつて創業道場への入門面接でお目にかかったあいち産業振興機構の統括コーディネーターさん。誰もが知っている大企業で取締役まで務めた方です。
突然のお電話にびっくりしていると、さらに意外なことを告げられました。
「国が新しく中小企業・小規模事業者を支援する拠点を都道府県に設置する。
自分はその愛知県の責任者になった。加藤さん、週に数日働いてみませんか?」
というスカウトのお電話。
私の役割は「拠点の運用業務と、広報的なお仕事、そして世の中の新サービスの調査・分析。ゆくゆくは経営相談員としての活動やセミナーの開催も期待している」とのことでした。
私の今までの経歴(IT業界での経験)と、起業の経験、そして各種資料の作成能力と分析力、碧香堂HPのまとまり具合を評価しての起用とのこと。
碧香堂は正直言って赤字です。そして、人と接することが好きな私は自宅での作業に少し息詰まりを感じていたところ。「記念日反応が終わったら、短期のバイトでもしてみようか」と思っていた矢先のお誘いでした。
思ってもみなかったお話に私はただただびっくりし、お電話を切った後、徐々に嬉しくなりました。そして、「ああ、私は捨ててしまったキャリアに未練があったのだな」と気づきました。
私は、息子を亡くすまで、ずっとIT業界で働くつもりでした。
男女の分け隔てなく能力と実績で評価されるこの業界が好きでしたし、プロジェクトの運営やお客様との信頼関係の築き方には自信があり、やりがいを感じていました。将来は「効率の良いプロジェクト運営」や「業務システム開発におけるユーザー部門担当者に求められる役割」といったテーマで論文を執筆したいと考えていました。
しかし、息子を突然失った後、PTSDを克服してなんとか復職してみると、担当していたお客様の業界の景気はどん底。また会社の組織が激しく変わり、産休に入る前に「育児と両立が可能そうな働き方ができる部署」にいくつかコネを作っておいたのですが、それらの部署はなくなっていました。
そして何より、自分と家族の健康を犠牲にしてまで働く気持ちにはなれませんでした。
そんなこんなで思い切って会社を辞め、海外(タイ)で働いたり派遣社員として働いてみましたが、「あのタイで見つけたお線香とろうそくを日本の遺族仲間に届けたい。日本の喪のギフトの世界を変えてみたい」と思い起業を決意。
様々な方にビジネスプランを見ていただきましたが、私の碧香堂プランの最大の弱点は「今までのキャリアや経験・スキルが活かされていない」という点でした。
経験のある業界で起業するのが、成功の鉄則。未経験の分野で成功できるほど、世の中甘くはありません。
しかし幸い、生活費は夫が稼いできてくれますし、私はこの事業をやってみなければ、先に進めないような気持になっていました。私にとってのグリーフケアギフト事業は、単なる職業選択の問題ではなく、ライフワークの問題でもあるからです。
最初は苦労するだろうけれど、様々な場面で今までに身に付けたスキルは活かせることはできるはず。それに将来碧香堂が成功して、セミナーやコンサルティングができるようになれば今までのキャリアも活かせるはずと、漠然と考えていました。
それが意外な形で、一足先に実現することになりました。
週に3日の勤務(当初は週に2日というお話だったのですが・・)ですから、なんとか碧香堂との両立は可能ですし、様々な事業者の皆様の相談に対応しているうちに、事業展開のヒントも得られそう。もちろん、公務なので公私混同は厳禁ですが、今までボランティアで創業仲間の相談にのっていましたが、業務として堂々と時間を割くことができます。それに何よりIT業界での経験が活かしたお仕事が可能になります。
GW明けから私の勤務がはじまり、来週の6月2日に拠点がオープン。
この3週間私はかつてのプロジェクト立ち上げのような雰囲気の中で、様々な原稿を作ったり、管理表を作ったり、メンバーの取りまとめを行ったりと、久々に時間に追われながら働いてきました。
久しぶりのオフィス勤務でミスや失敗もありましたが、お目付け役の方に「仕事の早さとコミュニケーション能力は素晴らしい」と褒めていただき、少しだけ自信回復しました。
(IT業界にいた際もコミュニケーション能力には自信があったのですが、入院時代は何かと上手くいかず、自信喪失していたのです・・・。)
そして今日、私の初仕事「リーフレットの原稿のとりまとめとデザイン」の成果が完成。
今までネット印刷会社しか使ったことのない私にとって、版下を作ってくださる印刷会社さんの利用ははじめて。「加藤さんは、こういうのが得意だと聞いていますが?」と言われた時には不安になりましたが、なんとか形になりました。
そのリーフレットの一部。私の自己紹介のコーナーです。
週明けから、愛知県下に10万部(!)配布されます。
病院の廊下で「この先私は何をして生きて行けばよいのだろう」と途方に暮れていたあの日から
早7年。
思ってもいなかった世界でのお仕事は、来週から本格稼働です。
2014年5月21日水曜日
記念日反応-7回目の私の場合
苦手な季節がようやく終わりました。
3月下旬の息子の誕生日にはじまり、
その約1か月後の命日。
そして、子供の日、母の日と続くこの約1か月間。
私にとっては、記念日反応と戦う季節です。
ここ数年は、あらかじめ「この季節は何かやってしまうから気を付けなければ」と
身構えるようになりました。
心理カウンセラーの先生によると、
「自分で心構えができるようになったことは、一歩前進した証拠」
なのだそうです。
だからといって無事では済まないのが、記念日反応のやっかいなところ。
十分気を付けていたつもりの私ですが、今年も散々な目にあってしまいました。
4月上旬の夕方。
ぼーっとする頭と疲れた体を引きづるようにして夕食の下ごしらえをしていた時。
じゃがいもの皮をピーラーでむいていたのですが、手が滑り、
指まで削ってしまいました。
傷口を洗い、修復機能のあるバンドエイドを貼っておいたのですが、
翌朝見たら血の塊のようなものが出来ている。
「これはヤバいかも」と判断し、近所の外科に行くことにしました。
玄関を出てすぐ目に飛び込んできたの入学式帰りの小学生親子。
指よりも、胸がずきんと痛みました。
私は、小学校の入学式に思い入れがあります。
息子の病気が分かって緊急入院した後、応急処置的な治療がひと段落し、
「今すぐに死ぬ可能性は回避できました」と言われ、
数か月ぶりに病院の外に出たのが、ちょうど桜の季節。
「世の中いつの間にか春になっている」と思いながら歩道を歩いていると、
一組の親子が目に入りました。
私より少し年上の、地味だけれど上品でやさしそうなお母さんと、
黒いランドセルを背負った男の子。
二人は胸にリボンを付けて、仲良く嬉しそうに桜の木の前を歩いていました。
数か月間、全てを諦めて病院に閉じこもっていた私には、
その姿が眩しくて、つい夢を見てしまいました。
ひょっとしたら、息子と私も、小学校の入学式に行けるようになるのかもしれないと。
思えば、出産を終え産院から退院させる時にも桜が咲いていました。
そして突然亡くなる数日前に、お散歩に行った時も2人で桜を眺めました。
そんなことが次々と思い出されましたが、それ以上考えないよう自分をコントロールし、
心をまっさらにして外科までの道のりを歩きました。
(ここ数年で身に付けた技です。)
ぼんやりしたまま受付を済ませ、診察していただたのですが、
私のカルテに目を通した先生は「毎年4月に来られていますね」と指摘しました。
カルテを見せていただくと、昨年は同じ時期に火傷をして駆け込み、
一昨年は命日にアボガドと同時に指を切り駆け込んでいました。
思わぬ私的に動揺し、
「ああ、ここ数年は心にでなく体に傷を負っていたのだなぁ」
と思いながら考えました。
この先生に、どこまで自分の事情を開示すべきかを。
頭に浮かんだままの言葉をいう訳にはいきません。
「この季節は息子が死んだ季節で、記念日反応なんですよー」
等と言ったら相手は困ってしまいます。
そして困った人と言うのは「何かを言わなければ」と思うあまり
配慮のない言葉をひねりだしてしまう可能性が高いのです。
かといって何も言わないと、「家事が年に一度下手になる主婦」となり、
不審に思われてしまいます。
そして人と言うのは一旦不審に思うと、掘り下げるような質問をするものなのです。
私は一言だけ言うことにしました。
「4月はどうも苦手な季節で」と。
先生はそれ以上聞かず、丁寧に処置をしてくださいました。
そして翌日、発熱。
薬を飲むのもおっくうで、1日中熱にうなされていました。
翌々日。
外科に経過を見せに行くと、経過は良好とのこと。
「その後お変わりはありませんか?」と聞かれたので
「高熱が出ました。傷のせいではないとは思いますが」
とつぶやきました。すると先生は、
「傷の状態は良好ですから、その可能性はありません。
風邪もお薬も出しておきますよ」
とおっしゃってくださいました。
そしてさらに
「しっかり食事をとってくださいね。
傷の回復にはビタミンAが必要ですし、風邪の回復にはお野菜が必要です。
今夜は牡蠣鍋にするとよいと思います。体も温まりますし」
と夕食の献立までアドバイスしてくださいました。
食欲のなかった私ですが、その親切に後押しされるように、
スーパーへと向かいました。
あいにく牡蠣の季節は終わってしまったようで入手できませんでしたが、
心が温かくなり、夕食を作る気力が湧きました。
そしてそれから2晩で回復することができました。
怪我をしてしまった当初は
「気を付けていたのに、やってしまった」と落ち込みましたが、
私も少しは対処方法が身についてきたかもしれない、
と思えた7回目の春でした。
3月下旬の息子の誕生日にはじまり、
その約1か月後の命日。
そして、子供の日、母の日と続くこの約1か月間。
私にとっては、記念日反応と戦う季節です。
ここ数年は、あらかじめ「この季節は何かやってしまうから気を付けなければ」と
身構えるようになりました。
心理カウンセラーの先生によると、
「自分で心構えができるようになったことは、一歩前進した証拠」
なのだそうです。
だからといって無事では済まないのが、記念日反応のやっかいなところ。
十分気を付けていたつもりの私ですが、今年も散々な目にあってしまいました。
4月上旬の夕方。
ぼーっとする頭と疲れた体を引きづるようにして夕食の下ごしらえをしていた時。
じゃがいもの皮をピーラーでむいていたのですが、手が滑り、
指まで削ってしまいました。
傷口を洗い、修復機能のあるバンドエイドを貼っておいたのですが、
翌朝見たら血の塊のようなものが出来ている。
「これはヤバいかも」と判断し、近所の外科に行くことにしました。
玄関を出てすぐ目に飛び込んできたの入学式帰りの小学生親子。
指よりも、胸がずきんと痛みました。
私は、小学校の入学式に思い入れがあります。
息子の病気が分かって緊急入院した後、応急処置的な治療がひと段落し、
「今すぐに死ぬ可能性は回避できました」と言われ、
数か月ぶりに病院の外に出たのが、ちょうど桜の季節。
「世の中いつの間にか春になっている」と思いながら歩道を歩いていると、
一組の親子が目に入りました。
私より少し年上の、地味だけれど上品でやさしそうなお母さんと、
黒いランドセルを背負った男の子。
二人は胸にリボンを付けて、仲良く嬉しそうに桜の木の前を歩いていました。
数か月間、全てを諦めて病院に閉じこもっていた私には、
その姿が眩しくて、つい夢を見てしまいました。
ひょっとしたら、息子と私も、小学校の入学式に行けるようになるのかもしれないと。
思えば、出産を終え産院から退院させる時にも桜が咲いていました。
そして突然亡くなる数日前に、お散歩に行った時も2人で桜を眺めました。
そんなことが次々と思い出されましたが、それ以上考えないよう自分をコントロールし、
心をまっさらにして外科までの道のりを歩きました。
(ここ数年で身に付けた技です。)
ぼんやりしたまま受付を済ませ、診察していただたのですが、
私のカルテに目を通した先生は「毎年4月に来られていますね」と指摘しました。
カルテを見せていただくと、昨年は同じ時期に火傷をして駆け込み、
一昨年は命日にアボガドと同時に指を切り駆け込んでいました。
思わぬ私的に動揺し、
「ああ、ここ数年は心にでなく体に傷を負っていたのだなぁ」
と思いながら考えました。
この先生に、どこまで自分の事情を開示すべきかを。
頭に浮かんだままの言葉をいう訳にはいきません。
「この季節は息子が死んだ季節で、記念日反応なんですよー」
等と言ったら相手は困ってしまいます。
そして困った人と言うのは「何かを言わなければ」と思うあまり
配慮のない言葉をひねりだしてしまう可能性が高いのです。
かといって何も言わないと、「家事が年に一度下手になる主婦」となり、
不審に思われてしまいます。
そして人と言うのは一旦不審に思うと、掘り下げるような質問をするものなのです。
私は一言だけ言うことにしました。
「4月はどうも苦手な季節で」と。
先生はそれ以上聞かず、丁寧に処置をしてくださいました。
そして翌日、発熱。
薬を飲むのもおっくうで、1日中熱にうなされていました。
翌々日。
外科に経過を見せに行くと、経過は良好とのこと。
「その後お変わりはありませんか?」と聞かれたので
「高熱が出ました。傷のせいではないとは思いますが」
とつぶやきました。すると先生は、
「傷の状態は良好ですから、その可能性はありません。
風邪もお薬も出しておきますよ」
とおっしゃってくださいました。
そしてさらに
「しっかり食事をとってくださいね。
傷の回復にはビタミンAが必要ですし、風邪の回復にはお野菜が必要です。
今夜は牡蠣鍋にするとよいと思います。体も温まりますし」
と夕食の献立までアドバイスしてくださいました。
食欲のなかった私ですが、その親切に後押しされるように、
スーパーへと向かいました。
あいにく牡蠣の季節は終わってしまったようで入手できませんでしたが、
心が温かくなり、夕食を作る気力が湧きました。
そしてそれから2晩で回復することができました。
怪我をしてしまった当初は
「気を付けていたのに、やってしまった」と落ち込みましたが、
私も少しは対処方法が身についてきたかもしれない、
と思えた7回目の春でした。
2014年5月15日木曜日
写真撮影
今週、プロのカメラマンさんにお願いして、商品のイメージ写真を撮影していただきました!
撮影が難しい「お水に浮かべたキャンドル」もこの通り。
創業以来「自分でできることは自分で」をモットーに
ケチケチ経営をしていた碧香堂。
せっかく創業助成金をいただいたのに活用出来ていないと感じていました。
また「パッとみて3秒で何のお店か分かるTOPページ」づくりに取り組んできましたが
なかなか上手くいかず、様々な方に相談したところ
・商品の写真でなく、商品の使用シーン
・贈答のシーンやイメージ写真
が足りないのではないか?と、指摘を受けました。
なるほど確かに。
そこで、思い切ってプロのカメラマンさんに撮影をお願いすることにしました。
顔合わせがてらお打合せをお願いしたところ、
「スタイリストを頼むと高くなる。
スタジオに家具を運び込むとレンタル代がかかる。
それよりも自宅などの家屋で撮影するのが費用的にはベスト」
とのこと。そこで私の実家に私の私物を持ち込んで撮影をすることになりました。
小道具に使う生花も、「種類を指定して手配をすると高くなるので、
ご自分のお気に入りのお花屋さんで購入するとよいですよ」
と言われ自分で手。
当日は朝10:00から夕方16:00までみっちり撮影していただきました。
上記写真の撮影風景はこちら。
様々な細工をして「水に浮かぶフロートキャンドル」を固定。
こんなにたくさんの機材を持ってきてくださいました。
私も頑張って、可能な限りの小物を用意。
多すぎたかも・・・。荷造りも運ぶのも大変でした。
次に機会があればもっと厳選して持参しようと思います。
お花もたくさん用意。
実は準備でほぼ徹夜だった私。
反省点も多々ありますが、心配だったお天気もなんとか持ち
無事終わってほっとしました。
後は、早く写真をショップ上でお披露目できるよう
頑張ります!
◎今回ご協力いただいたプロの皆様◎
お花:SOUS LE GUI
撮影:ジョイスクリエーション
撮影が難しい「お水に浮かべたキャンドル」もこの通り。
創業以来「自分でできることは自分で」をモットーに
ケチケチ経営をしていた碧香堂。
せっかく創業助成金をいただいたのに活用出来ていないと感じていました。
また「パッとみて3秒で何のお店か分かるTOPページ」づくりに取り組んできましたが
なかなか上手くいかず、様々な方に相談したところ
・商品の写真でなく、商品の使用シーン
・贈答のシーンやイメージ写真
が足りないのではないか?と、指摘を受けました。
なるほど確かに。
そこで、思い切ってプロのカメラマンさんに撮影をお願いすることにしました。
顔合わせがてらお打合せをお願いしたところ、
「スタイリストを頼むと高くなる。
スタジオに家具を運び込むとレンタル代がかかる。
それよりも自宅などの家屋で撮影するのが費用的にはベスト」
とのこと。そこで私の実家に私の私物を持ち込んで撮影をすることになりました。
小道具に使う生花も、「種類を指定して手配をすると高くなるので、
ご自分のお気に入りのお花屋さんで購入するとよいですよ」
と言われ自分で手。
当日は朝10:00から夕方16:00までみっちり撮影していただきました。
上記写真の撮影風景はこちら。
様々な細工をして「水に浮かぶフロートキャンドル」を固定。
こんなにたくさんの機材を持ってきてくださいました。
私も頑張って、可能な限りの小物を用意。
多すぎたかも・・・。荷造りも運ぶのも大変でした。
次に機会があればもっと厳選して持参しようと思います。
お花もたくさん用意。
実は準備でほぼ徹夜だった私。
反省点も多々ありますが、心配だったお天気もなんとか持ち
無事終わってほっとしました。
後は、早く写真をショップ上でお披露目できるよう
頑張ります!
◎今回ご協力いただいたプロの皆様◎
お花:SOUS LE GUI
撮影:ジョイスクリエーション
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